読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.9 青春の一冊 氷点 

特別お題「青春の一冊」 with P+D MAGAZINE
http://blog.hatena.ne.jp/-/campaign/pdmagazine

青春の一冊
読書大好きの私、一冊選ぶのは大変難しいのですが、「青春の」とつけば、三浦綾子さん「氷点」をあげます。
氷点は『朝日新聞』朝刊に1964年12月9日から1965年11月14日まで連載されました。東京オリンピックが行われた年で、日本は好景気ににぎわっていて、8歳の私も初めて新幹線に乗ってお伊勢参りにいった鮮明な記憶があります。
無名のクリスチャン作家三浦綾子さんが破格の1000万円の賞金を獲得したことでも話題になり、テレビ化され、内藤洋子さんの『陽子』は人気を博しました。でも私はリアルタイムでテレビを見せてもらえず、のちに再放送で見ることができました。
キリスト教の洗礼を受けた直後、14歳の時に初めて『氷点』を読みました。
あらすじはこうです。
昭和21年(1946年)、旭川市在住の医師辻口啓造は、妻の夏枝が村井靖夫と密会中に、佐石土雄によって3歳の娘ルリ子を殺されてしまいます。憎しみと復讐心からルリ子の代わりに女の子が欲しいとねだる夏枝に対し、啓造はそれとは知らせずに殺人犯佐石の娘とされる幼い女の子を引き取りました。女の子は陽子と名付けられ、夏枝の愛情を受けて明るく素直に育っていきます。
ところが、陽子が小学1年生になったある日、夏枝は書斎で啓造の書きかけの手紙を見付け、その内容から陽子が佐石の娘であることを知ってしまいます。夏枝は陽子の首に手をかけ、なんとか思いとどまりましたが、陽子に愛情を注ぐことが出来なくなりました。そうして、給食費を渡さない、答辞を書いた奉書紙を白紙に擦り替えるなどの意地悪をするようになります。一方の陽子は、自分は両親の実の娘ではないことを悟り、心に傷を負いながらも明るく生きようとしました。
さて、辻口夫妻の実の息子である徹は、両親の妹に対する態度をいぶかっていましたが、両親の言い争いから事の経緯を知ってしまい、徹は自ら陽子を幸せにしたいと願います。その気持ちは次第に異性に対する愛情に変わっていきますが、思いを封印して、大学の友人である北原邦雄を陽子に紹介します。
陽子と北原は互いに好意を持ち、文通などで順調に交際を進めていきましが、陽子が高校2年生の冬、夏枝は陽子の生まれと育ちを陽子と北原に暴露し、陽子は翌朝睡眠薬を飲んで自殺を図ります。その騒動の中、陽子は犯人の子ではなかったことがわかるのです。


人間が生まれ持った「原罪」が重要なテーマとして書かれていました。14歳の私にはあまりよく理解できなかったと思いますが、健気な陽子の心の美しさに圧倒され、私も陽子のようになりたいと思うようになりました。
私自身、父母の不和の中で成長して、清く、正しく、美しく生きたいと思っていたのでした。
その後、『続・氷点』も読み、何度も何度も読み返し、三浦文学はすべて読破しました。
キリスト教の「罪」は普通の概念、法に対して正しいとか間違っているとかいうことではありません。罪とは「的外れ」ということです。創造主である神に対して的がはずれたことをすることです。でもその頃の私は「罪」の意味さえ知りませんでした。
16歳の晩秋に母が亡くなりました。夏に、私は私の将来に対する母の思いを知りつつ、自分の生きる道は私が決めると宣言しました。
初恋に有頂天になり、ある日門限の7時を破りました。今の方たちには信じられないかもしれませんが、高校1年生で門限が7時の時代です。7時半にドアを開けた私は母の叱責を激しく受け、私は「わたしはわたし、あなたのものではない。」と言い放ち、自室のドアを閉めました。
その3日後、母は亡くなりました。私が、母の思いでなく自分の意思を通そうとしたことは『罪』だったのだろうか。母の望むような子になっていたら母な死なずにすんだのではないか。
母を死に追いやってしまったことは『罪』なのだろうか。私はこのまま生きていっていいのだろうか。と自問しました。
その答えは『続・氷点』にありました。神の赦しです。神の子イエス・キリストの十字架の死によって、贖いの死によって、私は赦されるのです。何度も何度も同じように的はずれな生き方をしてしまっても、愛のまなざしを持って赦してくださる。その時、私は陽子と同じように生きていけると思いました。
まさに青春の一冊。還暦を前にもう一度読み返してみたいと思います。

f:id:tw101:20160412134343j:plain
旭川 三浦綾子文学館裏にある林