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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.19 ブタの貯金箱

熊本・大分の震災の被害に遭われたみなさまにどんな援助ができるかを考えています。
いろいろな取り組みがあり、その輪は広がっていきますが、一つ興味深いお話があります。



ピンクの可愛いブタの貯金箱、どうしてブタの形をしているのでしょう。
ネットで調べるといくつかの答えが書いてあります。

数年前、教会学校の子供たちにお話しをするために、紙芝居を探していた時に、古い紙芝居を見つけました。その名はずばり、「ブタの貯金箱」でした。

お話を要約すると…
今から50年以上前のこと、アメリカ・カンザス州にある小さな町にジョンという名前の少年が住んでいました。
ある時、ジョンの通っている教会でタイからやってきたダウ先生という牧師さんがお話しをしてくれました。
先生の話に感動した両親はダウ先生を夕食に招待したので、ジョンはもっと詳しくタイのこどもたちの話を聞くことができました。

当時、「らい病」と呼ばれ、今ではハンセン病といわれる重い病気に罹った少年の話を初めて聞いたジョンはたいそう驚き、熱心にダウ先生に質問をしました。
ダウ先生はジョンの熱い気持ちを感心して、ジョンに10ドルをくださいました。


その晩、ジョンはなかなか寝付けず、ベッドの中でいろいろ考えました。
何かせずにはられなかったのです。

翌朝、一番にお母さんにジョンは言いました。
「ぼく、ダウ先生からもらった10ドルで、ブタを買おうと思うんだ。
 ブタを育てて、それを売って、そのお金をダウ先生に送って、病気を治すために使ってもらいたいと 思うんだよ。」

こうして、ジョンは子ブタを買ってきて、大切に育て、大きくなったブタを市に出すと、140ドルで売ることができ、そのお金と手紙をダウ先生に送りました。

ジョンの手紙を読んだダウ先生は感動して、新聞社に投稿しました。
ジョンの献金は記事になり、全米のこどもたちに知れ渡りました。
そして、多くのこどもたちがブタを育て、売ったお金を献金しました。

ところが、大都会ニューヨークのこどもたちはブタを飼うことができません。
教会学校で相談して、ブタの形をした貯金箱を作り、そこにお金を入れることにしました。

ブタの貯金箱はどんどん広がっていき、「らい撲滅運動」の資金になり、タイの多くの
こどもたちを助けることができました。

こうして、ブタの貯金箱は世界に広がっていったのです。


この紙芝居の左上に英語の文章があって、本文はそれを和訳したものと思われますが、一か所だけ決定的に違う箇所がありました。
ブタの世話をする日常を描いたところです。
「ジョンはみんなと遊ぶことも我慢して、一所懸命ブタの世話をしました。」
良いことをするには、少しの犠牲が伴うということを醸しだしているのに対して、元の英語は「ブタの世話をするのがうれしくてたまらない」とたいそう肯定的でした。

ボランティア活動でも、何をするのも、うれしくてたまらない!という姿勢が大切ではないかと思います。

ブタの形を貯金箱になった理由を調べると、いろいろな説がありますが、
私はこのお話しが大好きです。