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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.21 英文法と聖書 (1) 婦人之友 と村岡花子先生

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 小学校時代、村岡花子先生の訳した小説を愛読していましたので「花子とアン」 は毎日見ていました。

婦人之友村岡花子先生の随筆があったに違いないと思って、自由学園図書館に保管してある資料から調べていただいたところ、面白い記事を見つけました。
「英文法と聖書」マルタのはなし です。
                                                                        ***
ここでまず、英文法のことを考えていただきたい。
英文法を勉強した人ならだれでも知っていることだが、固有名詞には、a,an,the の如き冠詞はつかないことになっている。
つまり、 a book とはいうが、a Muraoka とはいわないのである。
これは文法を習いはじめに、かならず教えられることである。
但し、すべての規則にあるように、例外があるのはもちろんである。
 さて、オルコット著「八人のいとこ」の中に、年とった大伯母さんがいくたりも出てくるのだが、それらの大伯母さんたちは、伯母さん以上に口やかましく、なかなかきちょうめんで、物語主人公ローズというみなし子悩ますのである。
 ところが、その中にブレンティ大伯母さんというのがある。ブレンティ(ゆたか)の名が示すとおりおおらかで、愛情ふかく、そのうえにすばらしい働きものである。
冬のあいだに夏の支度を、夏のうち冬の整理は全部しつくすという、まるで働くために生まれて来たような、やりてである。
 
   *     *     *     *      *
さて、わたしの随筆はこのへんから始まる。
ある日、親しい、若い友人が訪ねてきた。xx女子大学の卒業生である。
あいさつが済むと、彼女はふろしき包みのなかから、一冊の英書をとりだした。
「先生、オルコットに間違いがあります」あまりに唐突なので、わたしはキョトンとしていた。
「ねえ、先生、オルコットでも文法のまちがいをするのですよ」彼女はまたいった。
「まさかねえ、すくなくとも、あたしたちが気がつくようなまちがいは、絶対しないでしょうね」
「それがしているのです」といいながら、彼女の差し示すところを見たとたんに、私は思わず声をあげて笑った。
その本文には、”彼女は a Martha だった”
彼女とはブレンディ大伯母さんだった。
つまり、”ブレンディは a マルタだった”というのであり、固有名詞には数を示す a
はつけないという英文法の法則を、(彼女にいわせれば)無視したわけである。
私はふきだしてしまった。
「あなたはキリスト教主義の大学の卒業生でしょ?
それだのに、第一、聖書をもう少し知っていてもいい筈ですよ。
そこの書いてあるMartha という女性の名は、日本の聖書ではマルタですが、この物語くらいは読んでおいたほうがよくはありません?」というと、彼女は在校中一度も聖書を読んだことはないといった。
そこで私はマルタとマリアという姉妹の話をした。
 (1965年11月号 婦人之友 37ページから)
 
つづきは明日。写真はルイザのお父さんが作った森の学校です。
マサチューセッツ州コンコードにあるオーチャードハウスの敷地内にあります。