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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.28 It's May DAY today!!

ヴァルブルギスの夜が明けると5月1日 メイデイです。

緑の美しい5月の始まりです。
ブログを始めて、最初の一ヶ月が過ぎました。
仕組みを理解できていませんが、ほとんど毎日、更新しているからか、
アクセスは4000を超えました。
お読みいただいたみなさま、ありがとうございます。
これからもよろしくお願いします。
 
さて、中世になると、英国ではこの春のお祝いの日に、
男女が近く公園で一夜を過ごし、花のついた枝とか花を集め、
日の出に『5月を招き入れる』という風習が始まり、人気が高くなっていきます。
そして村の真ん中にメーポールと呼ばれる柱を立てて、
その周りで一日中、踊ったり、歌ったりしました。
 
本来は豊穣、家畜や人間の多産を祈る儀式でしたが、
形だけが残り、不道徳行為が目立つようになり、
プロテスタント宗教改革者たちは、異教の祝祭を根絶しようとし、
1555年にカルバン派のスコットランドがメイデイを禁止し、
1644年には聖公会の英国議会がメーポールを禁止しました。
共和制の時代は淫らな慣習は認められませんでしたが、
1660年の王政復古と共に、メーポールも蘇りました。
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メーポールのお祝いは18世紀から19世紀初頭にかけて徐々に衰退しましたが、
比較的近年になって、健全なものとなって復活しました。
子どもたちが踊りながら、メーポールの周囲を回り、
リボンを編んでゆきます。
ヨーロッパから移住した人たちはメーデーの風習を新しい土地に持ち込みました。
 
今から130年前の1886年5月1日、アメリカとカナダの職能労働組合連盟が
労働者の生活改善を目指し、8時間労働制を要求しました。
その頃、労働者は16時間労働をしていました。
ほとんどの雇い主は要求を拒否したので、5月1日にストライキに突入しました。
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イリノイ州シカゴ で行なわれたストライキとデモで労働者4名が警官によって、
射殺され、ヘイマーケット広場で抗議集会が開かれました。
解散を求める警官側との間に衝突が起こり、警官側、労働者側合わせて12名の死者が出ました。
 
メーデーは多くの国に広がり、この日は雇い主が拒否しようと、
労働者は休みを取るようになりました。
日本では1920年に上野公園で第1回が開かれ1万人の労働者が集まりましたが、
1936年二・二十六事件発生により、戒厳令が敷かれ、
その後、中止され、その事に反対する組合が全国に呼びかけ運動したが、
定着することはありませんでした。
 
戦後、メーデーは復活しますが、今では形骸化し、
意味もわからない行事になってしまった感があります。
 
私は1年間だけしか組合のある会社で働いたことがないので、
ほとんどメーデーを実感したことはありませんが、
本来の意味を考えると、きちんと労働者の権利を主張する日を
自ら放棄するように仕向けられたのかと、ふと、思ってしまいます。
 
それほどまでに美しい緑の季節です。