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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.33 “人と比べちゃダメよ” マルタとマリアのお話

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フェルメール

 
4月26日に書いた「マルタとマリアのお話」の続きです。
 
お願い:牧師先生の皆さま、スルーしてくださいませ。
 
 
イエス様がベタニア村のラザロさんの家を訪ねて来た時、
ラザロの上の妹マルタさんは、
イエス様もてなそうと張り切って食事の準備をしていました。
せっかくイエス様がいらしたのだから、
御得意のお料理をたくさん食べていただきたいと一所懸命です。
 
一方、下の妹マリアちゃんは、イエス様の足元に座り、
一心にイエス様のお話を聞いていました。
マルタさんは、私ばっかり働いていて、ちっともイエス様の話が聴けないじゃないと
だんだん、イライラしてきました。
そこでイエス様に「ちょっとマリアにも手伝うように言ってくださいよ。」と
愚痴ります。
 
すると、イエス様は
「マルタさん、マルタさん、そんなに頑張って何もかも一人でしなくても大丈夫。
   今は私と話しをしようよ。そんなにご馳走してもらわなくてもいいから。
  ほら、マリアちゃんと一緒にここに座りなさい」
と優しくおっしゃいました。
 
さて、この箇所を教会学校で話すとき、
 「 イエス様のみ言葉をきくことが『良いこと 』で、
      その良い方をマリアは選びました。
    私たちも、日常の雑事にとらわれず、聖書を読み、 
    イエス様のみ言葉を聞きましょう。」
となります。
そこで、真面目な私はずっとマリア型の生き方をしてきました。
 
ところが、いつからか、この箇所を読むたびに、違う考えが浮かんでくるのです。
 
 
イエス様がベタニア村のラザロさんの家を訪ねてくるというので、
マリアちゃんは大喜びです。
いつもは人垣に隠されて見えないイエス様を身近で見ることができるのです。
もう嬉しくて仕方ありません。
イエス様の足元に座って、ずっとお話を聴いていました。
姉のマルタさんは、ずっと台所でせわしなく働いています。
せっかくイエス様がいるのに、もったいないなぁ、と姉を見ながら思います。
「ねえ、イエス様、マルタ姉さんったら、イエス様のお話も聞いてもいない。 
   ちょっとはこっちに来て話しを聞いたらいいのに。
   私はちゃんと聴いてて、偉いでしょ」
 
するとイエス様は
 「マリアちゃん、マリアちゃん、マルタさんは私のために
   一番いいものを準備してくれているのだよ。
   マルタさんの選んだことを大切にしてあげよう。」
  と、優しくおっしゃいました。
 
 
この二人はそれぞれ自分のできる最善を尽くしているのだから、
他の人と比べる必要はないのです。
比較することの無意味さをイエス様は喚起したのであって、
み言葉を聴いている、雑事に心を向けているということではないと思います。
難しい言い方をすれば「活動的生活」「観念的生活」のどちらが正しいかという
問題提起ではないと思うのです。
 
私はどちらかといえば、頑張って何でもこなしてしまうので、
「やって当たり前」になってきました。
そうなると、何で私ばかり…とついつい思ってしまうし、
他の人を羨ましく思うこともあります。
 
他人と比べて優劣をつけようなんて、おもしろい事は何もないです。
 
 
マルタとマリアのお話、どう読みますか?

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ベラスケス