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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.41 島燃ゆ 隠岐騒動 パリコミューンより早く自治政府擁立した島

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幕末、黒船が何度もやってきて、開国をせまりました。
これを恐れた江戸幕府は、隠岐の島を支配していた松江藩に、
黒船から隠岐をまもるように命じました。
 
松江藩はアメリカの黒船に対抗するため
イギリスとアメリカから軍艦を買いました。
軍艦を動かすためにはたくさんの乗組員が必要です。
松江藩は、隠岐の働きざかりのたくさんの男の人たちを農兵としました。
 
でも、隠岐の人たちは、
もともと天皇をないがしろにする江戸幕府に反感を持っていました。
後鳥羽天皇後醍醐天皇が島流しされて隠岐の島で暮らしたことがあり、
天皇に親しみをもっていましたし、
将軍家より天皇を大切に思っていました。
 
最初は松江藩に素直にしたがっていた隠岐の人たちも、
松江藩の強引なやり方に怒り心頭、ついに反乱をおこしました。
3000人の島民が立ち上がったのです。
 
まず隠岐の人たちは、松江藩江戸幕府に訴えてみますが、相手にされません。
そこで、ついに、「隠岐は、天皇の島だ」と、松江藩を追い詰め、追い出し、
隠岐の島に自分たちの政府をつくりました。
1868年のことです。
 
その後、江戸幕府大政奉還し、江戸時代は終焉。
明治天皇のもと、日本は明治政府がおさめることになりました。
 
そこで、あらためて
自分たちの政府を認めて欲しいと政府に訴えますが、
当初、明治政府は「隠岐松江藩の島だ」と、訴えを退けました。
 
その後も松江藩隠岐の人たちの戦いは続きました。
最後は、廃藩置県で松江藩そのものがなくなり、島根県となりました。
そして、隠岐の島も島根県の中に入り、騒動は終わりました。
 
 これが隠岐騒動の簡単なあらましです。
パリコミューンが1871年のことなので、なんと日本の方が先に
自治政府を作ろうとしたのです。
 
この隠岐の乱について、実際に隠岐の島の関係者のお話を聞き、
素晴らしい小説に仕上げたのが、
「神と語って夢ならず」でした。
今回、文庫本となり「島燃ゆ、隠岐騒動」と改題されました。
 
きちんと自分たちの考えを持って行動した島の人達の勇気に
心を動かされます。
自治政府の夢は叶いませんでした。
しかし、今の私たちに勇気と希望を与えてくれます。
私も何かを残せるとしたら、見える財産や物品でなく、
人生は生きる価値があるのだという
夢と希望を残したと思います。
 
隠岐の島に行ってみたくなりました。
 
 
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