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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO45 中将姫物語 (その三)

仏の加護によって不思議に禍をのがれ中将姫は14歳、
楊貴妃にも勝るとも劣らない高貴な美しい姫となられました。
天皇が噂をきき、後宮にしたいと内勅をくだされましたが、
姫は仏に仕える身なれば、天皇の御心に添うことができないということを
ていねいにお返事されました。
天皇は姫が断ってきたことを残念に思い、もう一度姫に申されます。


「後宮を辞退したことは是非もない。
ところで、このごろ龍田川が毎夜鳴り響いて悩みになっている。
この川鳴りを鎮めてほしい。そうすれば姫の申し出を受けようぞ」というものでした。
そこで姫は龍田川に行かれてみますと、なるほど水かさはまして、
その音は四方に鳴り響いています。
そこで、姫は水神に一心に祈りました。さらに

浪はよし 龍田の川も音なくて 天の皇の悩みもやめてよ

と一首の歌を詠まれ、それを流れに投げいれられました。
すると不思議にもその夜から川の鳴動がぴたりとやみ、人々はたいへん驚き
天皇も安心され、参内のことも諦められました。


人の心とは浅ましいものでございます。
多くの人々に敬われながら日々成長する姫に、
照夜の前はますます嫉妬をつのらせてまいりました。
そして恐ろしい策略を練り上げたのです。
姫の寝所に男が忍んでいるというありもしないことを豊成卿に言い、
家名を重んじる父にその戯言を信じこませたのです。f:id:tw101:20160520142901j:plain


照夜の前はいかにも姫のことを案じる母のごとく、
御手討ちにするとまで怒っている父から守るべく、
姫をひばり山へ追いやりました。
山深く輿を進んだところでピタリと輿が止まりました。
一人残った付添、嘉藤太一は姫を殺すように命じられていたのです。
今にも斬りかかろうと刀を振りかざしましたが、
可憐な姫の姿に、さすがにためらい、太刀を下し、
どんなわけで、このような憂目にあったのかを訊ねました。

罪なき罪で裁かれる姫は、これも因果と思い、
自分を殺すようにと言います。
しかし、最後にお経を読みたいので、
少し時間をいただきたいに涙ながらに頼むのでした。
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三巻の経を読み終えたとき西の方に向かって合掌され、
南無阿弥陀仏」と一心に御念仏を唱えました。

夕日は茜に燃え、今にもその山の端に沈もうとしているとき、
静寂があたりを包み込み、姫の念仏だけが聞こえます。
その姿から己の愚を見つめ、もはや嘉藤太は姫の首を取ることなどできず、
かえって命がけで姫を助ける決心をしました。

そこで姫の上衣を受け取り、自分の股を突きさいて、
その血を上衣に注ぎ真っ赤に染めあげ、
照夜の前に報告にいくことにいたしました。
一人姫を輿に残し、飛んで都に帰り、その足で将監時常の屋敷に行き、
ことの一部始終を打ち明けました。

時常はたいそう驚き、なんとか姫を助けなければと考えこまれました。
「恐ろしい御台所を欺くには、血に染まった小袖だけでは不十分であろう。
本当に首を見せなければけっして承知されないだろう。どうしたものか」
と困り果ててしまいました。

そこに将監の一人娘瀬雲が顔を出します。
この娘は中将姫と同じときに生まれ、
母が姫の乳母になったという縁深い者でした。
瀬雲は言葉静かに自分が姫の身代わりになると申されたのです。
かわいい一人娘の申し出に心乱れながらも将監は覚悟を決めて言います。

「なんという見上げた心だ。
これまで手塩にかけて育てたおまえを殺すには忍びないが、
主君のため、父のために身代わりになってくれるというおまえを、
草葉の陰で母上もお喜びだろう」と涙を流されました。
ほどなくして瀬雲は筆をとり

かくて今、君が命にかわる身を 迎えたまえや弥陀の御国

と辞世を詠み、西方に向かって合掌し首をさしのべられました。
討ち取った娘の首を嘉藤太に手渡し、
急いで御台所に見せるように申され、
嘉藤太も涙にむせびながら、その首を姫の小袖に包んで、
照夜の前の館に走りました。
照夜の前は日頃の望みがついに遂げられて大喜びし
、姫の首をよく確かめもせずにお仕返し、
一時の褒美をつかわして、嘉藤太を下がらせました。

急ぎ嘉藤太は将監の館に戻り、瀬雲の首を父に返し、
妻を伴い、一路ひばり山に走りました。
心細く待っていた姫は嘉藤太夫婦がやってきてほっとし、
まるで小さな子供が母親を慕うように目に涙をためて悦ばれました。