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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO45 中将姫物語(その四)

翌朝、嘉藤太は深山にさえずる鳥の声を聴き、
思いにふけっておりました。
瀬雲のことは告げず自分の胸にしまい、
これからの生活のことを考えました。
二人の献身的な世話により、姫は毎日かかすことなくお経を読み、
称名念仏の声とともに、つらい中にも安らかな月日を送られ、
やがて15歳の春を迎えられたのです。

頼みとしていた嘉藤太は病床に臥し、看病の甲斐もなく亡くなり、
残された妻と二人、貧しい庵で暮らしました。

さて、大切な姫を失ったと思った豊成卿は力を落とされ、
鬱々とした日々を過ごされていました。
このようなお姿を憐れにおもう将監はよい折あれば
親子の対面をさせてあげたいと考え、宇陀の山へ狩に行くことを勧めました。
山深く分け入ったところで、煙たなびくのを観て、
不審に思い、庵を訪ねました。
話すうちに父と娘は互いに理解し、涙を流して無事を喜びあい、
ひとまず、姫を館に連れ帰り、照夜の前に悟られないように
密かに館内に住まわせました。
次第にそのことが耳に入り、自分の悪事が露見し、
またおかした罪の後悔から耐え切れず、実家の橘家に逃げ戻り、
照夜の前は近くの池に身を投げたのでございます。

月日はめぐり、姫は16歳をお迎えになり、
いずれは后姫になられるであろうという噂が流れました。
姫はこの世の名誉や栄華などには少しも心を惹かれず、
ただ一心争いのない本当に平和な安楽浄土を願い念仏を唱える毎日を送られていました。
そしてひそかに屋敷を出て、富麻寺に行くことを決意なされました。
そして日のこと、
深かりし恵をよそになすことは 上なき道を思うばかりぞ
一首を父君に残し、日の暮れるのをまち、たった一人お屋敷を後にしました


仏法の霊場であります霊峰二上山山麓の富麻寺に着くころには、
夜はしらじらと明け、読経が朝もやに包まれた境内から
小鳥のさえずりと共に聞こえてまいりました。
姫は山僧に剃髪を願いでますが、志は立派ではありますが、
まだ若いので、すぐにではなく少し時間をかけ、
決心が変わらないかを考えてはと諭しました。

そして、門前の老女に宿をかり、
身の回りの世話をするように言いつけられました。
姫は老女に家で心静かに毎日読経され、
念仏を唱えておりますうちに、何処からか40歳くらいの尼が来られ、
富麻寺の小庵で一緒に助け合い、西方浄土を願い、
念仏を申しましょうとおっしゃりました。
そこで姫はその尼と暮すことになりました。
姫の身を案じた父も姫の出家を赦し、
中将姫は修行を怠りなく勤め、尼の導きにより、
仏法を学ばれ、1年が過ぎてゆきました。
山僧は姫の出家を認め、
天平宝字7年6月15日に実雅上人の御導師で美しい黒髪を切り落とされ、
黒染の衣に着替え、法名は中将法如を名づけられたのでございます。
庵でお迎えになった尼僧はたいそう喜ばれ、自分の務めは終わったことを告げ、
本国に帰ることを話されました。
さみしい限りではございますが、
遠い国に帰る尼僧の頼みで中将法如は形見として経一巻、
尼僧にお渡しになりました。
翌日、金堂に行って弥勒の尊像に礼拝されましたとき、
尼僧に渡したはずの経巻が弥勒像の手の中にしっかりと握りしめられているのをみて、
中将法如は思わず両膝をついて心から念仏を唱えられました。