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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.57 長くつ下のピッピ

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世界一強い女の子ピッピの物語。
一度はこの題名を目にしたり、耳にしたり、
あるいはピッピの絵を見たことがあると思います。
昨年が長くつ下のピッピ生誕70周年でした。
作者はアストリッド・リンドグレーンという女流作家です。

当時、流行っていたウェブスターの「あしながおじさん
PAPPA LÅNGBEN

という名前をヒントに PIPPI LÅNGSTRUMP
長くつ下のピッピという女の子の名前を考えつきました。

 

スウェーデンの小さい町はずれに
ごたごた荘という名前の家に一人暮らしをしている
ピッピ・ナガクツシタという9歳の女の子のお話しです。
サルのニルソン氏と馬と一緒に住んでいます。
お隣の家に住むトミーとアンニカという普通の
こども達と一緒に過ごす日常を
独創的に描いている物語です。

小学校の図書室でリンドグレーンの小説を借りて読み、
すっかり虜になりました。
私は「やかまし村のこどもたち」のシリーズが一番好きでした。
おとなしくて、臆病な私はピッピの豪快さが、怖くて
ピッピに感情移入ができなかったのではないかと今、思います。

今回、再び手にとって読み返してみました。

 

お母さんはピッピがまだ赤ちゃんの時に亡くなっていました。
船乗りだったお父さんは嵐で遭難し、行方不明になっていました。
それまでの児童文学なら、これは悲劇、
逆境に耐える女の子の勇気ある物語になりそうですが、
このお話しには全く「耐える」という要素がありません。

ピッピは、お母さんは天国にいて、天にあいた小さな穴から
娘の自分を見下ろしているのだと信じていました。
で、ピッピはときどき、お母さんいる空に手を振って
「わたしのこと、しんぱいしないで。
わたしはちゃんとやってるから」と言いました。

そして、お父さんは、いつかはきっと帰ってくると信じていました。
溺れ死んだなんて考えもつかず、どこかの島に流れつき、
島の王様になり、黄金の冠をかぶって
一日中 ぶらついているのだと信じていました。
「わたしのおかあさんは天使で、
おとうさんは黒人の王様よ。
こんなすてきな親をもった子なんて
そんなにいやしないわ!」
と、ピッピは満足そうにいつもいうのでした。

一人暮らしをさせられないと、行政の人がピッピを
施設に入れようとしても大失敗。
手に負えず、ピッピは天真爛漫、我が道をいきます。

ピッピのお話は躍動感に満ち、社会の矛盾や
つまらない常識を簡単な言葉で打ち破っていきます。
その小気味よさは、今の私にはよくわかります。

先日、海老蔵さんの会見がありましたが、
私は見ることはできず、ニュースを読むにとどめました。

どんなお気持ちでいらっしゃるかを思うとこころが痛みます。

高血圧の疾患を持った母のことを
私は小学生の頃から、いつも心配で、
いつ、母が死んでしまうのかという恐怖心が
毎日一回は必ず襲ってきました。
こどもながらに覚悟を決めていたかもしれません。

16歳の時、その時が訪れました。
悲しくて仕方がないと同時に
母の死を怯えて暮らさなければならないストレスから
解放されたという安堵感もあり、
そう思うことで、罪悪感さえ持ってしまいました。

海老蔵さんのお嬢さんが、おかあさんに
いろいろなプレゼントを持って励ましている様子が
目に浮かびました。
幼いながらの覚悟を持ち始めているかもしれません。
どうか、この時を家族で静かに過ごすことができますようと祈ります。

一人ひとりが自分の人生を生きるのですから、
どう転んでも、その事実を受け入れるしかありません。
でも、どう生きるかの自由はあります。

こどもの時、私はピッピのように、

たくましく生きることはできませんでした。
でも、今、やっと、自分らしく生きることができるようになりました。

時を重ね、年を取るのも、まんざら、悪くないと、
ふと、思いながら、ピッピの本閉じました。

 

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