港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.69 横濱ゴスペル音楽祭 大盛況でした?

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ゴスペルって?
 
GOSPELの語源は、古英語の「福音・福音書」を示すgod- spell (神様の言葉)
good -spell (良い知らせ)です。
もともと神様,主イエス、聖霊への称賛や、
感謝することばを黒人教会で歌ったものです。
ですから、ゴスペルを歌うグループをクワイア(聖歌隊)と言いいます。
いまではジャズ、ブルース、リズム・アンド・ブルース、ヒップホップ、ファンク…
色々な音楽と結びつき、
映画『天使にラブ・ソングを』のヒットなどで広がり、
ポピュラーな音楽として日本人に親しまれるようになりました。
 
アフリカ大陸から奴隷として連れてこられた人たちは、
新天地アメリカで辛酸を舐めました。
絶望の中から立ちあがる原動力になったのは、
白人が持ち込んだキリスト教でした。
彼らはキリスト教教義よりも、
イエス・キリストの生涯そのものに共感し、信仰を深めていきました。
雇い主に知られることがないように地下組織で礼拝を守りました。
楽器など何もありません。
自分の身体そのものが楽器です。
歌い、手を叩く、足を鳴らす、そうやって涙を流しながら
自分の境遇を嘆くだけに終わらず、
イエスを通して神とつながり、ハレルヤ!と
主を賛美したのでしょう。
 
自らの憂いを表現するため、
恋とお酒などを歌うのがブルース、
より精神性を歌いあげたのが黒人霊歌(spiritual)
神の福音を歌うのがゴスペルの流れになっていったのでは…
と、私なりに解釈しています。
 
1863年にリンカーン大統領による奴隷解放宣言がありますが、
それでも、虐げられ、真の解放がされないという
激しい失望感のなかで、Nobody knows the trouble が歌われていきます。
We Shall overcome の名曲も生まれます。
1921年 トーマス・ドーシー がシカゴで初めてゴスペルという言葉を使い、
ゴスペルアカペラ全盛期を迎えていきました。
そこからジャズ、ソウル、R&B が生まれ、
ロックが誕生して、ゴスペルは更にコンテンポラリーゴスペルと
進化していきました。
ゴスペルの父と呼ばれるトーマス・ドーシーは
ゴスペルについて次のように語っています。
 
「ゴスペルは踏みつけにされた人々のために、幸福の手段を作り出すものだ、というのが私達の考えだった。ゴスペルは人々を、貧困と孤独、無一文になった苦 境の泥沼から引き上げ、とにかく、何かの希望を与えたよ。ゴスペルを、良い知らせ(福音)以外のものにしたら、 それはゴスペルではなくなってしまう。」(『ゴスペルサウンド』アンソニー・ヘイルバット著より)
 
横浜ゴスペル音楽祭に行ってきました。
県民ホール 大ホール、小ホールで午後から夜まで、
さまざまなグループがゴスペルを歌いあげていました。
みんな楽しそうです。
日本でこんなにゴスペルが流行るとはトーマス・ドーシーさんもびっくりでしょう。
私の母校関係者みなさんのグループ SO☆SINGS


私のゴスペルグループの先生率いるLEO FAMILY


この二つのグループを応援にいきましたが、
本当に心から主を賛美している本物のゴスペルでした。
 
ゴスペルを堪能してから親友と英一番館でお食事会しました。
ここは県民ホール6階にある穴場レストランです。
暮れなずむ横浜港を見ながら、ゆっくりお食事しました。

 
私の本場は8月最終週。
気合いを入れてレッスンしようと思いました。