蜷川実花監督 小栗旬主演『人間失格 太宰治と3人の女たち』を観てきました。
実は太宰治を私は好きではありません。
地主のボンボンに生まれながら、心中相手を死なせながらオメオメ生き延び、
メソメソして妻や愛人に甘えてばかり…
女学生の頃、私は太宰治は大嫌いでした。
それでも、小説は読みました。彼の紡ぐ言葉は好きでしたから。
2009年「赤毛のアンツアー」に参加し、
初めて松本侑子先生にお目にかかった時、
松本先生は「太宰治と心中した山崎富栄さんの小説を書いているの」とおっしゃいました。
美しいプリンスエドワード島の海岸を走るバスの中、
前のお席で玉川上水で心中シーンを書かれている松本先生は記憶に深く残っています。
その秋、『恋の蛍』は刊行され、私はすぐに読みました。
正妻の美知子さんと愛人の太田静子さんについてでなく、
山崎富栄さんに焦点が当てられた素晴らしい小説でした。
「恋の蛍」は翌年 新田次郎賞を受賞しました。
…映画「人間失格」は太宰治の「人間失格」を原作としたものでなく、
太宰治と3人の女性との関係における実話を基にしたフィクション作品となっている…
と説明もあり、映画のテロップの最後でも出ていました。
私はこの映画の原案は『恋の蛍』だと強く思いました。
マスコミは「カフェの女給」「酒場の女」の山崎富栄という悪女が太宰治を死に至らしめたという
スキャンダルに仕立てました。
実は日本初の美容学校創立者の令嬢で、
今でも有名な美容院「山崎伊久江美容院」創始者伊久江さんは
富栄さんの家の分家にあたります。
富栄さんはお見合いで優秀は商社マンと結婚しますが、夫は三井物産マニラ支店へ転勤、
そこで召集をうけ、フィリピンで戦死。
若き戦争未亡人となりました。
戦争によってい夫も家も美容院も美容学校も全て失った富栄さんは
美容師という職業婦人として自律し、美容院再建を目指して、
朝から深夜まで働き通して、お金を貯めます。
そして貯めたお金(だいたい今の1400万円相当)全て、愛する太宰に使っていきました。
28歳で10歳年上の太宰治と心中する1年前には両親宛の遺書を書いています。
映画のネタバレですが、雪の降る中、太宰が吐血して路上に倒れ、
倒れ込んだ太宰の上に白い花が舞い落ちるシーンがあります。
蜷川実花監督の得意な美しい映像です。
口にたまった血で息もできない太宰を見つけた富栄が口でその血を吸い、
そのおかげで太宰は息を吹き返します。
「隣の部屋から出てきた富栄さんの口元が血で真っ赤な時がありました。吐血した太宰治の血を何度も吸い取り、捨てていたのです」これは松本先生が三鷹で二人が住んでいた家の大家さんの娘さんから聞いた話です。
このエピソードから先のシーンになったことは想像つきます。
製作委員会の方は小説をお読みになっていたに違いありません。
でも、テロップには『恋の蛍』はありませんでした。
残念な気持ちです。
ぜひ、『恋の蛍』をお読み下さい!と
映画を見た方やこれから見る方にお伝えしたいなと思いました。
太田静子さんは沢尻エリカさん。
山崎富栄さんを二階堂ふみさんが演じていらして、
それぞれ個性的に描かれていました。
太宰治と美知子さんの長女 園子さんと
ダウン症だった長男正樹君を演じた子役がとても良かったです。
この二人の撮り方は素晴らしいと思いました。
留守宅に富栄を入れたことを知り、美知子が平常心を失っていくシーンでは、
演技ではなく、正樹君が本当に自然に遊んでいる姿がよけいに悲しく、印象に残りました。
私は太宰治が嫌い!なぜ嫌いかと言えば…
この人が目の前にいたら、きっと恋してしまって、
叱咤激励し、助けてしまう自分を知っていたから…
それでいてそんな自分を認めたくなかったから…
大嫌いだった父を、ある面、
女に甘えてばかりの太宰治に重ねていたかもしれません。
苦労した母を、美知子さんに重ねていたかもしれません。
ああ、嫌だわあ!そんなの!
母も父も見送ったこの年になって、やっと、
安心して太宰治作品を読み返すことができると、
そっとKindleに全巻ダウンロードしました。