港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.155 『第三夫人と髪飾り』 〜籠の鳥は飛び立たったのでしょうか〜

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『第三夫人の髪飾り』を渋谷Bunkamura ル・シネマで鑑賞しました。

終演後、上野千鶴子先生のトークショーがあると知り、2列目の真ん中の席を予約し、映画の予習もして、意気揚々と出かけてゆきました。

上野先生とは何度か視線が合う近さでトークを聞くことでき、すっかり“ウエノマジック”に魅せられ、「感想を書きたい方いらしゃる?」という問いかけに、すぐに「ハイ!」と手を挙げました!

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まず最初に特筆すべきは映像の美しさです。

太陽は優しく、月は妖しく、光を放ち、秘密めいた人々を優しく包んでいました。

雨も風も、花も虫も、髪飾りや装飾品、実用品にいたる小物も

きめ細かく用いられ、

どこの一片を切り取っても絵になる描写です。

なぜ、邦題に「髪飾り」という言葉が付けられたか…

映画を観るとわかります。

 


先月、ベトナムハノイに旅し、ハロン湾の自然美に心奪われてしまった私は、映像を観ているうちに、あの湿った風の匂いを感じ始め、まるで、ベトナムに戻ったような気がしてきました。

 


「あの器はバッチャン焼きだわ」

真珠の首飾りはハロン湾で作られたに違いないわ」

 


小物も見逃せません。すべてが一つひとつ選ばれたものだから…

 


また、女性たちの衣装もハレ(晴)とけ(褻)が鮮やかに描かれています。

〈ハレ〉の日に纏うシルクのアオザイと日常の木綿の普段着の使い分けは見事です。

この家は養蚕で富を得ていると思われますが、

それでもシルクのアオザイは滅多に手に入れることはできません。

アオザイを纏った日の女たちの「ハレ」の笑顔が素敵でした。

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さて、物語のヒロインは「第三夫人」です。

第一夫人 ハ は成人となった長男の母です。

次男、三男と立て続けに男の子を産めば安泰でしたでしょうが、

流産を繰り返し、男の子を産めませんでした。

そこで第二夫人を迎えるこなりました。

ハは全ての家事を取り仕切り、

夫人たちの面倒も見る賢夫人となり、

立派に「妻の座」を守っています。

 


第二夫人スアンは3人の娘の母です。

一番下の女の子はもしかすると、

第一夫人の長男の子かもしれません。

二人は道ならぬ恋をしていました。

女の子ばかりなので、第三夫人が迎えられることになったの

そしてヒロインのメイ14歳。

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「男の子」を生む道具として、第三夫人に迎えられたのです。

無垢なメイを主人は愛おしみ、嫁いですぐに懐妊しました。

 


さて、第二夫人、第三夫人は「愛人」ではありません。

あくまでも「夫人」です。

女は世継ぎを産むための存在で、

世継はたくさんいるに越したことはないので、

夫人も何人も必要です。

 


父の第二夫人を愛してしまった長男は

取り決められた妻を受け入れられず、破断を申し込みますが、

嫁の父は娘を「女のツトメを果たせない者」と切り捨てます。

父からも夫からも捨てられた娘は死を選ぶほかありませんでした。

白装束の娘は哀れながら、限りなく美しく、

やっと天上で平安を得られたように見えます。

 

 

 

ベトナムから帰国してすぐに映画「インドシナ」を観ました。

カトリーヌ・ドヌーブ主演、ベトナム独立戦争下の物語です。

ハロン湾が美しく描かれていました。

 

 

 

 


その映画を見たすぐ後に、私の目に飛び込んできた映画予告が

『第三夫人の髪飾り』で、途端に心を鷲掴みにされました。

観たい!思いはつのります。

 


時を違わず、もう一つ小さな石が投げられました。

投げたのはアメリカ在住で牧師の叔父でした。

「僕はね、クブシロオチミ先生の鞄持ちをして旅したことがあるんだよ」

と唐突に言いました。

「クブシロオチミ先生、知ってる?」

急いで調べてみると

《久布白落実 徳富蘇峰・蘆花の姉音羽を母として生まれ、大叔母矢島揖子の女子学院で学び、やがて、日本基督婦人矯風会を中心に活動し、明治から戦後まで、廃娼運動に身を捧げ、売春禁止法制定に尽力した》

日本のフェミニストの草分けの方だと知りました。

この小石から広がる波及効果は少しずつ大きくなりました。

自伝「廃娼ひとすじ」が届いた日は折しも先生のご命日10月23日でした。

 


そして、その日、『第三夫人と髪飾り』で上野千鶴子先生がトークショーをするこを知り、

即座に申し込んだのです。

 


ベトナムの女性監督アッシュ・メイフェアが、

曽祖母の体験に基づいたこの作品は、

決して過去の物語ではないのです。

この映画はベトナムの上映を監督自ら取りやめました。

13歳の主演女優の母へのバッシングを考慮しての判断です。

メイフェア監督は私の息子と同じ年なので、

彼女のお母さんは私と同世代で、

「籠の鳥」を嫌い、アメリカへ飛び去ったのではないでしょうか。

 


「籠の鳥」の私いつか、飛びたいと空を見上げていました。

 


もはや籠などないのに、

飼い馴らせて

飛ぶことを忘れていたら…

ましてや、自ら籠を作ってしまったら…

 


いつのまにか、籠は壊れてしまっていたのに

私が飛び立つことを忘れてしまっていた!

 


少女が長い長い黒髪を自ら裁ち鋏で

バッサ、バッサと切っていく最後のシーン。

彼女の未来への希望と決意が伝わりました。

 

自分の人生は自分切り開く…

その決意に遅すぎるということはないのです。きっと…