港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.180 ゲッセマネの祈り

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エスエルサレムで弟子たちと最後の食事をした後、

エルサレム東のオリーブ山にあるゲッセマネの園に向かい、

そこで夜をお過ごしになりました。

マタイ、マルコ、ルカの三福音書によると、

エスはそこで、これから受ける受難の苦悩を、

血の汗を流して祈りましたが、

一緒にいた弟子たちは眠ってしまいます。

その苦しみは如何ばかりだったでしょうか。

 

 

 

牧師となり、今はアメリカ在住の叔父の勉強部屋には

二枚の聖画の模写が飾ってありました。

 

 

レオナルド・ダ・ヴィンチ 『最後の晩餐』

ホフマン  『ゲッセマネの祈り』

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本がたくさんある叔父の部屋に遊びに行くのが大好きでした。

この絵は何の絵なの?

幼稚園の頃から観ていたので、

きっと聞いたことがあるのでしょう。

私はそれがイエス様の絵だということを知っていました。

私の心にある「イエス像」は

ホフマン作『ゲッセマネのイエス』に描かれたイエスだと思います。

 


叔父が副牧師として、いわき、平教会に赴任することになり、

その二枚の絵を私にくれました。

以来、私は毎日、二枚の絵を見ながら、暮らしました。

 


ゲッセマネの祈り」のイエスは苦渋の中で、

天を仰ぎ、祈っています。

 

 聖書 マタイによる福音書26章36~46

36 それから、イエスは弟子たちと一緒にゲツセマネという所に来て、「わたしが向こうへ行って祈っている間、ここに座っていなさい」と言われた。

37 ペトロおよびゼベダイの子二人を伴われたが、そのとき、悲しみもだえ始められた。

38 そして、彼らに言われた。「わたしは死ぬばかりに悲しい。ここを離れず、わたしと共に目を覚ましていなさい。」

39 少し進んで行って、うつ伏せになり、祈って言われた。「父よ、できることなら、この杯をわたしから過ぎ去らせてください。しかし、わたしの願いどおりではなく、御心のままに。」

40 それから、弟子たちのところへ戻って御覧になると、彼らは眠っていたので、ペトロに言われた。「あなたがたはこのように、わずか一時もわたしと共に目を覚ましていられなかったのか。

41 誘惑に陥らぬよう、目を覚まして祈っていなさい。心は燃えても、肉体は弱い。」

42 更に、二度目に向こうへ行って祈られた。「父よ、わたしが飲まないかぎりこの杯が過ぎ去らないのでしたら、あなたの御心が行われますように。」

43 再び戻って御覧になると、弟子たちは眠っていた。ひどく眠かったのである。

44 そこで、彼らを離れ、また向こうへ行って、三度目も同じ言葉で祈られた。

45 それから、弟子たちのところに戻って来て言われた。「あなたがたはまだ眠っている。休んでいる。時が近づいた。人の子は罪人たちの手に引き渡される。

46 立て、行こう。見よ、わたしを裏切る者が来た。」

 

 

 

エスは従順に笑顔で「さあ、私の定められた時がきた。

喜んで、十字架にかかろう」

と言ったわけではないのです。

 


悲しみ悶え「死ぬばかりに悲しい」とおっしゃるイエス

「できることなら、この杯を私から過ぎ去らせてください」

と祈られるイエス

エスは人間としてこの世に生まれ、人間として生き、

人間として、死んでいくのだと思わされます。

神の子なら土壇場で、神が命を助けてくれるのではないかと思うわけです。

エスは父なる神に答えを求めて三度同じ祈りをされています。

 


人はどんなときに祈るでしょうか。

一つ目はお願いです。

二つ目は悔いあらためです。

三つ目は感謝と賛美。

そして最後の、そしてもっとも重要なことが

四つ目、神の御心を問う祈りです。

 


エスの祈りに対して神はどうお答えになったでしょうか。

聖書には書いてありません。

答えが書かれていない代わりに弟子たちの様子が書かれています。

「私と共に目を覚ましていなさい」とイエスに言われながらも

眠ってしまう弟子たち。

「誘惑に陥らないよう、目を覚まして祈っていなさい。

心は燃えていても、肉体は弱い」

 


起こされも、また眠ってしまう弟子たち。

最後の晩餐でワインを飲んでいたし、

疲れていたから仕方なかったでしょう。

これが私たちの姿です。

このような弱い人々を救うために、

エスは十字架にかかって神の罰を受けて死ぬしかないという

神の答えを得たのかもしれないと思います。

 


コロナウイルス感染拡大によって緊急事態宣言がなされ、

行動自粛が求められています。

「買いだめしてはいけない」

心ではわかっています。

でも我が身は心配なので、買いだめに走るのが人の性です。

 

私もその通りの弱さを持っています。

 


でも、イエスはその私たちのために十字架にかかってくださいます。

何度でも。

エスの愛はすごいです。

 

 

 

2012年秋、私はボストンから北上し、

ヴァーモント州グラフトンに旅し、最後にニューヨークに行きました。

たくさんの人に会い、いろいろな事を考えました。

最後の日、友人と二人でハドソン川のほとりを散歩して、

リバーサイド教会に立ち寄りました。

米国バプテスト同盟の世界教会主義教会の大きな教会です。

 

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扉は開いていて、中に入ることができました。

一人の女性がにっこり笑いながら近づいてきたので、

私たちは日本のバプテスト派のクリスチャンです。と自己紹介しました。

すると彼女は「そこのお部屋に有名な絵があるから観ていってね」と言いました。

巨大な教会なので、教えてもらわなかったら、

全くわからなかったと思うような小部屋に行きました。

 


そこにあったのは、あの、「ゲッセマネの祈り」でした。

息を飲むほど驚き、友人と絵の前にひざまずきました。

 

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そこはゲッセマネ礼拝堂でした。

 


あとで調べてみたところ、

リバーサイド教会堂を建てたのはロックフェラー2世。

ベトナム戦争中にはキング牧師反戦演説をした有名な教会でした。

この絵はコピーですが、ロックフェラー2世から寄贈されたホフマン作の

『神殿のキリスト』『キリストと金持ちの若者』は

地下室の集会場キャビネットに飾られているそうで、

地下室にも行けばよかったと残念に思いました。

 


今、ニューヨークはコロナ感染拡大で大混乱となっています。

明日は特別な礼拝も行うことができない受難日を迎えます。

私たちもニューヨークを対岸の火と思わず、

目を覚まして、祈るときだと思います。

 



ニューヨークでコロナウイルスと闘っている皆さま、

特に医療関係者の方々に

神の御加護がありますようにと祈ります。

 

 

f:id:tw101:20200409075238j:imageコロンビア大学

 

f:id:tw101:20200409075254j:imageグッケンハイム美術館

 

f:id:tw101:20200409075345j:image 自由の女神像