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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.55 Swedish National Day Celebration 2016

日記

 

 スウェーデンと日本の外交関係は1868年に樹立されました。
そこで、再来年 2018年は国交150年となります。
今日はスウェーデンナショナルデー、建国記念祭で、スウェーデン大使館では
スウェーデン観光局主催のお祝いパーティーが華やかに行われました。
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小学校時代、私はリンドグレーンの書いた
「やかまし村の子どもたち」「長くつ下のピッピ」が大好きでした。
そして、スウェーデンという国に興味を持つようになりました。
 
昨日、再来年向けてスウェーデン大使が日本とスウェーデンの友好を
どう持っていったらいいか、一緒に考えましょうというスピーチをされました。
私はずっと心に持っていた私のお話しを大使にできたらいいなあと思っていましたが、
まさか、本当に直接、大使と会話できるとは…
奇跡は起きました。
 
 
私の話は1972年に遡ります。
11月が終わる頃、母が突然、亡くなりました。
16歳の私と四つ年下の弟が残されましたが、
父と母の関係はすでに修復不可能になっていたので、
私たちは孤児になったようでした。
 
泣くこともできませんでした。
それでも、周りの温かい助けてを得て、
人生で最初の難関を乗り越えていきました。
その助け手の一つがスウェーデンの宣教師夫妻だったのです。
 
母のいないクリスマス、どう過ごせばいいのでしょう。
メリークリスマスなんて言えない…と思う瞬間が何度も襲いました。
私は二学期が終わるとすぐに教会で牧師をしている叔父を頼って、
関西に行きました。
 
外国のクリスマスは25日に終わらず、その日、特別なディナーに呼ばれて、
教会のお隣に住むスウェーデン宣教師の御宅に参りました。
お家の中は質素なスウェーデンのクリスマスのしつらえで、
まるで、やかまし村のクリスマスのようだと思いました。
奥様の手作りのスウェーデンの伝統的クリスマス料理をいただき、
お二人は緊張している私たちの心に添うように、微笑まれていました。
片言の英語をきちんと聞いてくれました。
ご主人はミュージックソーと言われる、ノコギリの楽器演奏をして下さいました。
初めて聞く音に驚きました。
 
帰りがけに奥様は私を抱きしめて言いました。
「あなたは一人じゃないのよ。大丈夫よ。
   主イエスはあなたの為に生まれてきたのよ。
  大丈夫よ。」
ゆっくりした英語で何度もくりかえて言ってくださった言葉は
悲しみで冷たくなった私の心を温めてくれました。
私はそのとき、生き延びたのです。
 
その後お二人はスウェーデンに帰国され、宣教師を引退されました。
 
私はいつかスウェーデンに行って、ご夫妻にお礼を言いたいと思いました。
私のような子どもが生き延びことができる手助けをしたいと願い
社会福祉を学びました。
 
スウェーデンに行く機会も、社会福祉の仕事に就くこともできませんでした。
 
私はこれまで、スウェーデンからのお客様が来日すると、
できる限りサポートできるようにしてきました。
 
私がスウェーデンの宣教師夫妻から受けた最上の愛の実践をしたいと思うからです。
 
その事を大使にお話ししたら、大変、興味を示され、名刺をいただきました。
小さな種が蒔かれました。
そして、種はきっと大きく成長することでしょう。
 
朝の曇り空は午後になるち、見事に晴れ上がりました。
人生の曇り空も、いつか、明るい青空になるものだなと
空を見上げて、ふと、思いました。
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 ミュージックソー