港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.143 ハノイ 夕食なに食べる?

f:id:tw101:20190921063015j:image

 


最初の夜はゴージャスなルーフトップレストランで有名な

パンパシフィックホテル〈THE SUMMIT 〉行くことを決め、

日本で予約を取りました。

 

暮れなずむ5時から、タイ湖に夕日が落ちていく

マジックアワーにうっとりしながらのひととき。

テラス席の角席は期待通り、

期待以上のディナーとなりました。

ハノイ初日の夜はミントいっぱいのモヒートの乾杯から。

若い日本人グループ あとで聞いたら明治大学学生諸君。

建築を見学に来ているそうですで、こんな素敵なお店に来るには

ちと早いのでは?とおばさん達は思ってしまいました(笑)

 

予約する際、1人50ドルのお約束をしてたのですが、

案外お安いのか、チェックの時に50ドルに達してなくて、

アイスコーヒーを追加注文。

高級そうで、案外リーズナブル。学生でも大丈夫です。よかった。

 


https://www.panpacific.com/ja/hotels-and-resorts/pp-hanoi/dining/the-summit.html

 


二日目はハーロン湾ツアーから帰ってきてからの時間だったので、

予約を取らず、ホテルに戻ってから、決めました。

ガイドブックに出ているお店は10時ラストオーダーが多く、

12時まで営業しているお店を選び、

〈Hiway 4〉に決定。

お店の雰囲気もカジュアルでありながら

落ち着いた座敷席で靴を脱いでゆっくりできます。

珍しく生ビール、美味しかった!

 


青菜炒め、サラダ、春雨の野菜炒めなど

おいしいいただきました。

f:id:tw101:20190921063041j:image

 


https://highway4.com/

 


3日目の夜は地元の方に教えてもらった

ローカルフードのお店。

場所で教えてもらったので名前がわからない!

ビーフが載っている汁そばの一品(500円くらい)で

勝負する名店らしき

家族連れが多く見受けられます。

f:id:tw101:20190921063123j:image

f:id:tw101:20190921063141j:image

f:id:tw101:20190921063231j:image

f:id:tw101:20190921063921j:image

 

 

 


お隣の席に座った親子連れ、

人なつこい9歳の女の子が

仕事の電話で構ってくれないお母さんの脇で

私たちに英語で話しかけてきました。

学校で習っている英語はとても上手でした。

ローカルなお店もとっても楽しめ、大正解でした。

名前をご存知の方がいらしたら教えてください!


最後の夜は私がアロママッサージをうけたホテルの

イタリアンレストランアンジェリーナ。

f:id:tw101:20190921063321j:image

ここはステーキが売りです。地元のオシャレなカップルが好みそうな

素晴らしいお酒が揃ったバーがあります。

マッサージの後なので、私はノンアルコールのジンジャービール。

お料理はビーツサラダとビーフパイ。

f:id:tw101:20190921063342j:imagef:id:tw101:20190921063352j:image

 

エルメスバッグをお買い上げのかこちゃんは

ハッピータイムの4時過ぎから飲んでいて

すっかりご機嫌。

 


ハノイ最後のディナーを楽しみました。

 


https://www.sofitel-legend-metropole-hanoi.com/dining/angelina/

NO.142 世界遺産ハロン湾クルーズの魅力

f:id:tw101:20190920143333j:image

 


ハノイからバスで3時間ほど北上しすると世界遺産ハロン湾につきます。

以前は4時間以上かかったそうですが、2ヶ月前に高速道路が開通し、

時間が大幅に短縮したそうで、快適なツアーでした。

 


43,400ヘクタールにも渡る広大なエリアに、石灰岩からなる大小1,600もの島々がそそりたつ、

神秘的な景観が楽しめます。

曇り空や雨模様の時は、水墨画の世界となり、より美しいですよ…と

どなたかのブログで読みましたが、晴れ女、

青空に広がる「海に桂林」は息を飲む美しさでした。

f:id:tw101:20190920142245j:image

 


数ある中から選んだツアー会社は‘GENESIS

オプションツアーは現地で英語ツアーにするのが、私のやり方ですが、

かこちゃんは担当者と値段交渉を続け、89ドルを85ドルに値下げし、

なおかつ、よりプライオリティの高いツアーにしました。凄腕です。

 


ハロンという地名に秘められた伝説があります。

……むかし、むかし、隣の大国、中国から、度重なる侵略を受けていた時代、

この地に龍の親子が降り立ち、口から炎を吹いて、

敵を滅ぼし、さらには、吹き出した宝玉が冷えて、数々の奇岩となり、

海面に突き刺さり、長きに渡って、外敵の侵入を阻止しました。

そうして、この地は降りるという意味のハと龍のロンで

ハロン「降り立つ龍」と呼ばれることになりました。

f:id:tw101:20190920142319j:image

 

 

 

総勢15人の国籍はUK、インド、アメリカ、フィリピン、

韓国、ドイツ、日本の7か国。ガイドのベトナムで8か国でした。

 


船に乗るまえに「ハロン湾パールセンター」に立ち寄りました。

なんと、かの有名な真珠翁御木本幸吉氏がここでの真珠養殖を完成させたそうです。

ガイドブックには記述もなく、日本人の姿も見えません。

船着場であったJTBツアーの方に聞いたところ、

ツアーには含まれていないそうでした。

ちょっと驚き‼️

f:id:tw101:20190920142358j:image  f:id:tw101:20190920142433j:image  f:id:tw101:20190920142510j:image

 

 

鳥羽と姉妹都市になってもいいと思えるパールセンターでした。

 


さて、クルーズメンバーと一緒に食事をとり、

アクティビティをし、お茶を飲み、

語り合ううちに、すっかり打ち解けていき、

お誕生日のインドの方をお祝いし、

フィリピンの姉弟さんとはFBでお友達になりました。

f:id:tw101:20190920142539j:imagef:id:tw101:20190920142554j:imagef:id:tw101:20190920142639j:image

 

ベトナムの200,000ドン紙幣の裏の絵がここの場所です。

f:id:tw101:20190920142245j:imagef:id:tw101:20190920142831j:image

 

小さなバンブーボートに乗り換え、岩の向こうに行ってみました。

f:id:tw101:20190920142956j:image

 

f:id:tw101:20190920143022j:image

 

洞窟ツアーにも思い切って参加しましたが、絶景です。

 

f:id:tw101:20190920143238j:imagef:id:tw101:20190920143255j:image

 

夕方のお茶タイム

f:id:tw101:20190920143429j:imagef:id:tw101:20190920143500j:image

 

 

夕方、しばらく、静かな海面を渡る涼風に体と心を預け、

思いにふけっていました。

 

f:id:tw101:20190920143526j:image

 


平和な美しい景観を眺め、心が平和になると、

言葉は通じなくても、幸せな気分になれ、

人と人の間に「平和」を作ることができると、思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NO141 Grab Taxi 超便利

ノイバイ国際空港からハノイ市内へのアクセスはタクシー、

ミニバス、ホテルのピックアップ、エアポートリムジンバス、

そして86番バスという方法があります。

f:id:tw101:20190920010658j:image


一人旅の時は必ずホテルからお迎えを頼んでいましたが、

今回は頼もしいかこちゃんがついています。

そこで新しい方法、‘Grab Taxi ’を使うことになりました。

‘Grab Taxi ’はマレーシア発の配車サービスで、

Uber’を買収し、東南アジア、特にベトナムでは主流になっています。

 

 

まず、事前に日本で‘Grab’アプリを登録しておきます。

必要な情報は必ず日本で入れておくことが絶対条件です。

…アプリだけ入れいた私は結局使うことが出来ず、

かこちゃんに頼りきりになってしまいました。何ということ…

気をつけましょう。…

 


さて、行き先が決まると、アプリに迎えにきてほしい場所を入力し、

車の車種を決め、行きたい場所を入力、

値段を確認した後に配車を確認するというシステムで、

クレジットカードの情報を入力すれば、支払いの手間もなく、

「ぼったくり」の心配もないという画期的なサービスです。

 


入力すると近くにいる車がサーと現れるはずですが、

空港の雑多な車寄せで送られてきた車種、

ナンバーのものを見つけるのは、容易ではありません。

wifiで情報交換をしているので、かこちゃんは空港内で待機。

私が見張り番。

捜す車は日産サニー 30E 495‥…。

 

f:id:tw101:20190920010741j:image

辺りにはトヨタ車ばかり。どこ、どこ?

あ、見つけた!

このパターンは何度も繰り返され、

すぐにお目当ての車を見つけられるようになりました。

 

運転手さんはほとんど英語ができません。

いずれ、日本語で入力して、ベトナム語に翻訳できるようになるのでしょう…

 

 

 


一人ではできないことも誰かと協力すれば、

する事ができる!

 

 


こうしてハノイの市内へと車は進んで行きました。

何回も使った‘Grab’

タクシー代はこれで大幅に節約されました。

 


さて、今回のホテルはホエンキエム湖周辺にあるヒルトン・ハノイ・オペラです。

 


フランス人の設計によるフレンチ・コロニアルスタイルの館内、高い天井のエントランスに入ると涼しくて、ホットしました。

f:id:tw101:20190920010848j:image

 


パリ・オペラ座を模したオペラ座が目の前に広がるお部屋は、

十分な広さのあるベッドが二つ並んだツインルーム。

f:id:tw101:20190920011056j:image

 

f:id:tw101:20190920011141j:image


荷ほどきをして、早速、ナイトツアーに出かけて行きました。

 

お楽しみは次回へ続きます!f:id:tw101:20190920011450j:image

 

 

 

 

 

 

NO.140 新たな旅の始まりはハノイから

2017 年3月20日に「君はどこにいるの」を書いて、

私のブログはお休み期間に入りました。

あれから私はどこにいたのでしょう…

 


4月にシェアハウスをオープンし、新しい入居者さんとの出会い、

食事の提供、

自宅の売却などで、目紛しい毎日を過ごし、

私の生活はオン・オフ切り替えがしづらい状況になっていました。

今年の4月、2周年を迎え、少し落ち着き、

これからの人生をどう過ごすかを考えるようになりました。

まず、やりたかった事は「海外旅行」です。

海外に出かけたいという欲求が日増しに強くなり、

旅費を捻出するために週2回の「バイト」も始めました。

 

どこに行く?

9月に実施予定のアイルランドツアーやハンガリーツアーのお誘いに

心は揺れ動きます。

でも、そこまでの時間的、金銭的余裕はありません。

そこで、一緒に計画を立てていた妹みたいに親しいかこちゃんと

相談して決めた行き先がベトナムハノイ

 

f:id:tw101:20190919083822j:image

3月に期限切れのパスポートを申請し、新しいものを手にした時から、

新しい人生の旅への「パスポート」も手に入れた浮きたつ気分になりました。

 

ハノイ観光について、現地ツアーに調べて、

金額交渉に余念ないかこちゃんの辣腕に感謝し、

事前予約も取り付け、着々と準備は進みます。

 

 

 

出発1週間前に台風15号が関東直撃。

千葉、神奈川の多大な被害が出ました。

我が家も庭の木の枝が折れ、車のリアウィンドウが割れてしまいました。

 


人生、いつ何時、何が起こるかわかりません。

悔い無く生きるように、やるべき事は今日やり遂げ、

夢を明日に持とうと思いを深め、

16日、雨の朝、ひんやりした空気を感じて、家を出立しました。

 


東横線沿線に住むかこちゃんと電車で落ち合い、銀座数寄屋橋から、

高速バスに乗り込み、成田第一ターミナルへ出発。

なんと1000円!

横浜からリムジンバスで行けば3500円かかります。

ここでも節約。さすが。

 


空港では彼女のお友達枠でデルタ航空のラウンジを使わせて頂き、

朝から白ワインを飲んで、すっかり気持ちよくなって、

ベトナム航空ハノイ行き最終搭乗案内で機内に入りました。

f:id:tw101:20190919084045j:image

 

f:id:tw101:20190919084141j:image


成田からハノイまでの飛行時間は約5時間。

「飛んで埼玉」をみて、昼食をいただき、うとうとしたら、

飽きる暇もない適度な時間です。

時差2時間の、アジアに旅はいいなあと思わされます。

 

f:id:tw101:20190919084304j:image

 

 

 

5年前、一人でふらりとホーチミンに行って以来のベトナム

ノイバイ国際空港に降り立ち、扉の外に出た途端に、

ラクションの喧騒と、八角ブレンドされた湿気のある空気に包まれ、

「あ、ベトナムの音、ベトナムの匂いだ!」と感じました。

 

f:id:tw101:20190919084341j:image
さあ、ハノイの休日の始まり、新しい人生の始まりです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NO.139 君はどこにいるの

f:id:tw101:20170320195206j:image

 

「君はどこいるの」

時は昭和39年、東京オリンピックを控え、
右肩上がりで沸き立っている時代。
妻に先立たれ作家の藤沢省二郎は、
すみ慣れた邸宅を売り払い、

鎌倉にこじんまりとした平屋に移り住みました。

一人娘のみことお手伝いのきよと3人が暮らしていくには十分でしたが、
大きな家を手放したわりには、多額な税金がかけられ、
手元の現金が少なく、省二郎は気がおさまりません。
相続税、不動産所得税、固定資産税、そこに延滞手数料まで乗り、
愛国心がなくなった」と大げさに騒ぐ省二郎でした。
実は一人娘のみこの行く末が案じてならない省二郎は
少しでも財産を残せるように考えていたのでした。
みこは戦時中軍需工場へ駆り出され、栄養失調と過労で身体を壊し、
腎臓を片方摘出してしいました。
疲れやすく、結婚も覚束ない状態でした。
自分への父親の思いを知っているみこは、つとめて明るく振る舞い、
憎まれ口を叩き、自分の弱さを決して見せないようにしていました。

ある日、「作家と娘」という取材に訪れた女流カメラマンの
活き活きとした姿を見て、自分の身と比べたみこは取材を拒否し、
父親を困らせましたが、みこの良き理解者きよは、
省二郎にみこの気持ちを伝えようとしますが、
すぐには呑み込めない父親でした。
本当の自分はどこにあるのかしらと自問自答するミコ。

入浴中に女性からの電話に慌てて出るだけでなく、

有頂天で、大はしゃぎする父親を見て、複雑な思いを持ちました。

2年前に妻をなくした省二郎は、旅先で出会った女性を愛するようになり、
彼女の離婚が成立したので、再婚すると言い出しました。
お相手の高野冴はみこと同じ年です。
冴は省二郎のプロポーズを受け入れますが、同居はしないと宣言します。
みこいる家から朝来て、夜帰る「妻問い婚」を主張して譲りません。
仕方なく原稿用紙を抱え、省二郎は鎌倉から東京へ通うという結婚生活が
始まりました。
帰る電車が一本ずつ遅くなって来ました。
寒い冬の日も終電で帰る父親を、玄関で待つみこ。
彼女の身体は次第に弱っていきました。
お互い距離を置きながらも気遣いあうみこと冴。

 

父親を冴が本当の幸せを築くために、自分も積極的に生きたいと思い、

阿波踊りを踊ってみせるミコ、

心臓に負担がかかり、その場で倒れてしまいました。

 

娘と若い妻、どちらも大切で愛する省二郎でしたが、
みこの、その命の灯火が消えてしまったとき、
深い慟哭の中で冴を遠ざけていました。
あの戦争さえなければ… みこは元気でいられたのに…
みこ、もう一度、あの憎まれ口を叩いておくれ、
みこ、どこにいるんだ、
省二郎の慟哭…
主をなくした部屋にポツンと置かれた
みこの揺り椅子が揺れ、
私の青空」が流れてきました。

 

f:id:tw101:20170320195228j:image

 

 

昭和39年… 私は8歳でした。
東京オリンピックの前で全てが輝いていました。
傷痍軍人の姿が街から消えていき、
防空壕跡などの戦争の傷跡が消され、
大人たちは明るい未来を夢見ていました。
子どももはしゃぎ回っていました。

訳もわからずに。

 

 

昭和3年生まれの母は鶴見の軍需工場で青春を過ごしました。

ミコさんは昭和4年か5年の生まれという設定とお聞きし、
母と重なりました。

青春を返してほしいとよく言っていた母…

母の死後、すぐに再婚を決めた父、
まだ42歳だったのだから、仕方ないと思いましたが、
母が存命だった時からの交際相手との結婚に
私は許せない思いでいっぱいで、
「あなたの結婚相手としては認めるけれど、
母親としては認めない」と言い放った18歳の自分を思い出しました。

家族とはなんだろうと思います。
私の思い描いていた家族作りは、夢に終わりました。

君はどこにいるの…?
私はどこにいるの…?

すーと涙が流れて、そっと拭ったいわきの夜でした。

 

 https://youtu.be/59bnXW280lE

 

NO.138 いわき復活への道

f:id:tw101:20170318175117j:image

東日本大震災から6年の歳月が流れました。
まるでもう復興されたいるかのように思い込もうとしても
まだまだ道のりは険しいものがあります。

 

もともと過疎化が進んでいて、諸問題が山積している地域が
根こそぎ生活基盤を失ったのです。

復興 reconstruction という言葉は元通りにするという意味を
持ちますが、
東北には 再生 rebirth が必要だと日頃思っています。

支援として何ができるかとずっと考えていますが、
あまりに微力でおこがましくて、支援などできません。
私の一つの道はその場に行って寄り添うことだと思っています。

昨年11月、JAERVのいわき公演日に紹介されたお芝居が

「君はどこにいるの」でした。

 

いわき市市政施行50周年記念事業 ならびに福島復興支援事業として
特別にいわき芸術文化交流館アリオス大ホールで開かれた

石井ふく子名作劇場〉「君はどこにいるの」

実行委員長をされているMさんのお誘いをいただきました。

気張って和服を着ていきました。
自分で着付けて電車に乗り、いわきまで行って、翌日 帰る…
結構きついと思いつつ、
せっかくの千秋楽なのでと、久しぶりの着物を準備しました。


石井ふく子さんは東芝日曜劇場の名プロデューサーで、
私は小学生の時からの大ファンでした。

最初に「愛と死を見つめて」を見た時の衝撃は忘れられません。
大空真弓さん主演でした。

 

シリーズでは
池内淳子さん「女と味噌汁」(1965〜1980)
吉永小百合さん、杉村春子さん「下町の女」(1970〜1974)
森光子さん「天国の父ちゃん こんにちは」(1966〜1974)

 

f:id:tw101:20170318185227j:image

f:id:tw101:20170318185236j:image

f:id:tw101:20170318185240j:image

 

 

この三本は欠かさず見ていました。
亡き母が大好きで、一緒に見ていました。
母は必ず泣きました。ポロポロ 涙をこぼして泣きました。
「天国の父ちゃん こんにちは」が一番好きでした。

1972年に亡くなった母との思い出の中で
一緒にテレビを見たこの時間は愛おしく感じます。
最終回は一人で見た私は、この番組で人生の理不尽さと
たくましく生きる女の強さを学びました。

 

 

下町言葉、山の手言葉、
おじいちゃん おばあちゃん、
おじさん、おばさん、お姉さん、お兄さん みんな、
それぞれの言葉を話していた時代、
テレビから流れる言葉は美しく聞こえました。

 

f:id:tw101:20170318185354j:image

この作品は東芝日曜劇場に書き下ろされた「懐かしい顔」で、
石井ふく子先生のご尊父 伊志井寛先生が父親役、
娘役は高峰秀子さんでした。
原作は小島政二郎先生、脚本は砂田量爾先生でした。

感銘を受けた伊志井先生は新派舞台でも取り上げたいと思い、
演出をふく子さんに任せることになったのです。
父親役は伊志井寛先生、娘役は水谷良重さんでした。


それから50年近くの歳月がたち、
三越劇場創立90周年の記念公演として、
「懐かしい顔」は「君はどこにいるの」と改題し、
上演が決まりました。

今回の配役は
父親役に西郷輝彦さん、娘役には一路真輝さん
父親の再婚相手役に竹下景子さんです。
皆さん、素晴らしい演技で、会場を魅了しました。


Mさんのご好意で、なんと、
打ち上げ会場にも参加させていただき、
石井ふく子先生と東芝日曜劇場のことを
親しくお話しできました。


3歳お姉さんの竹下景子さんとも
クイズダービー時代の昔話に花を咲かせ、
一路真輝さんとは昭和38年当時の思い出を語り合いました。
至福の時間でした。

西郷輝彦さんに写真撮影をお願いしたら、
笑顔で応えてくださり、SNSアップのお許しもいただきました。

 

f:id:tw101:20170318190430j:image
同じホテル宿泊していましたので、お部屋戻るエスカレーターもご一緒。
地方公演の良さをしみじみ感じました。

翌日朝食会場でも皆さんとご一緒。
こういう時、着物を着ていると印象深いものだと思いました。

 

 

f:id:tw101:20170318190458j:image

津波で甚大な被害を受けた薄磯。
息子たちが幼い頃は毎年 薄磯で海水浴をしていました。
何軒もあった民宿は全て津波に呑まれてしまいました。

その地奇跡的に残った「雲雀乃苑」
塩屋埼灯台の足元にある観光拠点で、美空ひばりさんの
名曲「 乱れ髪」の歌碑が建っています。
周辺の道路もやっと通行できるように整備が進みました。
6年を期に ひばりさんが残してくれた 地域の財産を復活して、
地域の復興・復活を取り戻すための祈念祭も行われました。

快晴の青空の元、ひばりプロダクション 加藤和也社長を
来賓にお迎えしてもセレモニーが行われ、
「君はどこにいるの」の出演者のみなさまを交えての
テープカットも行われました。

 

f:id:tw101:20170318190518j:image

いわきの復活、再生はまだまだこれからだと思います。
過去のことと思わず、これからも寄り添うことができたらと
思いました。

 

 

地元の民宿 今はプレハブで食堂してます。なんでも美味しいです

f:id:tw101:20170318190541j:image f:id:tw101:20170318190555j:image

f:id:tw101:20170318190605j:imagef:id:tw101:20170318190618j:imagef:id:tw101:20170318190632j:image

 

 また来ますね〜 いわきのお友達に手を振って

帰路につきました。

 

 

 

 

 

 

NO.137 耳が痛い話し…と月夜のノクターン

f:id:tw101:20170307184212p:image

ピアニストの久元祐子さんのブログをいつも楽しみにしています。
先日は“ショパン@なんば”というテーマのブログで、
YAMAHAなんば店サロンでのショパン講座のことを書かれていました。
ショパンの愛した楽器プレイエル、その柔らかなピアニッシモ
ふわりと残響が残るまろやかな切り口を、
現代のピアノにどう翻訳していくかなどを
演奏を交えてお話してくださるなんて
夢のような講座で、近くなら飛んでゆきたいと思いました。

 

f:id:tw101:20170307202709j:image(プレイエル)

 

さて、そこでのエピソードです。
繊細な音色のお話をするので、サロンの中では
マイクを使いたくないと準備したところ、
後ろの方から声が聞こえないのでマイクを使うことになりました。

祐子さんのお許しをいただき、
ブログを引用させていただきます。

………………………………………

 

 


態度が大きいのに、私の声は小さい、、(泣)ということでしょう。諦めてスタッフの方が用意してくださったマイクを使って話し始め、ピアニッシモの魅力、ディミニュエンドの消え入るようなニュアンス、ため息のモチーフなど弱音アプローチを展開していきました。現代のピアノはフォルテッシモやマルカートを得意とする楽器ですから、そこからピアニッシモやレガートを引き出すには「技術」が必要になってくるからです。

そうこうするうちに、皆さんの耳が弱音に慣れていかれたようなのです。マイクが全く必要なくなりました。
音量というものは、「慣れ」の要素が多く、騒音の中にいると大きな声でなければ聞こえませんし、耳鳴りがするほどの静寂の中では小さな木々のそよぎでさえも聞き逃すことはありません。

光もスピードもそうです。闇に目が慣れてくると先が見えてきたり、高速道路から一般道に降りたとき、速いスピードに慣れてしまって速度を落とせなかったり・・・。

現代は、大きな音に耳が鳴れている時代です。電気がない時代の"蝋燭と月明りの夜"に想いを馳せ、ショパンの「デリカティッシモ」に近づいていきたいと思ったひとときでした。
…………………………………………………………………………


日頃感じている思いが、すっきり美しい言葉で表現された
気持ちよさです。

今、耳をすませてみればこうしていると ゴーンという本覚寺さんの
時を知らせる鐘の音がします。

空高く飛ぶジェット機の音も、電車の音もします。
ここでは、汽笛も聞こえる時もあります。

朝には小鳥の声、風のそよぐ音、雨音、

都会でも身の回りには
いろいろな自然の音が聞こえます。

ところが、外に出て、たとえば、駅の近くに行くと、
あちこちから、電子音が聞こえてきます。
電車やバスにのれば、次の停車駅の案内や
注意喚起のアナウンスがひっきりなしに流れます。
隣り合わせのお店が、大音量で異なる音楽を流す
ファッションビルや、
ドアが空いた途端、はじける玉と電子音楽が飛び出してくるパチンコ店、
どこに行っても、音が溢れ、雑音になっています。
だから、みんな、イヤホンをかけ、自分の音だけ聞いているのでしょうか。

 

私は左の耳の構造がちょっと違うみたいで、
子どものときから、音に敏感、というか、
大きな音が怖くてたまりませんでした。

一番嫌いなのは雷の音。
恐怖で箪笥の中で耳を塞いでいました。
花火も音が怖くて苦手。遠くで見るだけ。
運動会のヨーイドンの空砲は身体が固まってしまうほど。
お風呂屋さんのカーンという桶の音が
耳に突き刺さり
室内プールのワンワンワンとする音も苦手。

大きな音が嫌いだったので、
多感な時期もロックを聞かなかったと
後になって気づきました。


静寂は無音ではありません。
虫の鳴き声を「声」として認識できるのは
日本人とポリネシア人だけだそうです。
それは右脳と左脳の違いで、
虫の音を西洋人が音楽脳である右脳で処理するのに対し、
日本人は言語脳の左脳で受け止めると、
東京医科歯科大学の角田教授が実験で突き止めたそうです。

脳の違い、耳の構造の違いで、

また、年齢の違いで、
同じ音も個人差が出てくるものなのでしょう。

 

雑踏の中で、雑音に慣れてしまうと、
かすかな音など聞こえない耳になっていきます。
聞かないように自分を訓練してしまうこともできます。

 

f:id:tw101:20170307202727g:image

 

 

〈現代は、大きな音に耳が鳴れている時代です。電気がない時代の"蝋燭と月明りの夜"に想いを馳せ、ショパンの「デリカティッシモ」に近づいていきたいと思ったひとときでした〉

蝋燭と月明かりの夜、繊細かつ優美な
ショパンノクターン全曲を聴いてみたいと思いました。

f:id:tw101:20170307204320j:image

(しぇあひるずヨコハマから)