港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.191 《マリゴールドの魔法》はじまり、はじまり!

 

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ちょうど4年前の今日、

“NO.67 Magic for Marigold 夢と希望の種まき”

というブログを書きました。

 


原題は"Magic for Marigold"
「マリゴールドへの魔法」 です。
夢と希望という魔法でこどもたちを魅了できたらいいなあと思います。

赤毛のアン」の作者モンゴメリが書いた「マリゴールドの魔法」という小説があります。
赤ちゃんの時にお父さんを亡くしたマリゴールドが
大家族の中で成長していく物語で、
彼女を見守る大祖母の様子がうまく描かれています。

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赤毛のアンも両親がいません。
全く他人のマシューとマリラという兄妹に育てられます。
ルーシー・モンゴメリは幼くして両親を亡くし、祖父母に育てられました。
モンゴメリの小説に惹かれるには、私も16歳で母を亡くし、
多くの方々の助けをいただいて生き延びてきたという経験があり、
共感を持てるからです。
4歳下の弟の母親代わりになり、学業と家事の両立して生活する私を
友人、友人の家族、学校の先生が支えてくれ、勇気を与えてくれたので、
青春時代を生き延びることができました。

浅草の商家に嫁ぎ、二児の母となり、
仕事と家事と育児に無我夢中のときも、
子どもを通しての縁で出会い、親しくなったお友達、
その方達に励まされて嫁時代を生き延びました。

二人の息子が学んだ寮のある学園では、
父母会で知り合った同志の友を得て、思春期の男の子を育てることができました。

子育てがひと段落した頃から、教会での奉仕をして、
海外で行われる大会に参加し、世界で今、
起きているさまざまなことの一部を知ることもできました。
東日本大震災復興支援のお手伝いもさせていただく機会を得ました。

そして、次第にこれからの人生をどう生きるかを考えるようになりました。
定年退職をした後、社会に働きかける何かをしたいと思い始めました。
大学で社会福祉を学びたいと思った時の私が蘇りました。
そう、私はカウンセラーになりたかったのだと。
カウンセリング講座で学び直し、悩みの相談を聞こうと思いました。
でも、ちょっと待って…私に傾聴ができるの?
こんなにおしゃべりなのに。

子どもたちの食事を提供するこども食堂を作りたい!
でも、ちょっと待って… 私、そんなにお料理上手にできないわよ。
いろいろ調べて考えていました。
私に何ができるでしょうか。

そして、気づきました。
こどもたちの心の中に種を蒔こうと。
希望という小さな種。
音楽や絵、本を通して感動する心を育てる種。
どうやって?
子どもたちのためにコンサートを開きたい、
一つの小さな取り組みを始めました。

昔馴染みのお友達から、知り合ったばかりのお友達まで
声をかけて輪が広がっていきます。
なんかワクワクしてきたね。
希望の種はおとなにも必要でした。
おとなだって、みんな、こどもだったのです。
みんな、だれかに助けてもらって生き延びてきたのでしょう。
こんどは私たちの番です。
昔は良かったと思い出に浸るのも素敵な時間です。
でも、未来を思うのは、もっと素敵なことでしょう。

 

 

微力だけど、無力ではない。という言葉を心に
少しずつでも、社会に働きかけていきたいと思います。

 

 

 

 

 

 

定年退職を目前に控え、退職後の人生をどう生きるかを

思い巡らした頃でした。

 


退職後、

未来を生きる子どもたちために

何かしたいという気持ちは日々強くなり、

3年前にオープンしたしぇあひるずヨコハマでは

実践的な取り組みもしてきました。

 


その歩みの中で時に自分自身の

能力、体力の限界を感じることも

多々、ありました。

 


高台にあるこの家に吹く風のように

東風、南風、西風、そして北風…

さまざまな風が吹いています。

 


コロナ感染拡大の大風は

人も夢や希望を吹き飛ばしてしまう

勢いを持って容赦なく吹きつけています。

 


でも、そんな中にあって、

不思議なご縁で結ばれて、

吹き飛んできた小さな種から

一粒、一粒、小さな芽が出始めています。

 


コロナ禍中で始まった『オンラインミーティング』は

これまで思わなかった可能性を持っていることに

気づかされました。

 


いろいろな企画が頭の中に溢れ出し、

ウォーキングしながら、

頭の中を整理する毎日を過ごしています。

 


そして、4年前に作った会

マリーゴールドの魔法』を本格的に

始動することにしました。

 


❤️ママとベビーのタッチングケア

💚オリジナル絵本の朗読

💛オンライン演劇部

🌱ママの休日マルシェ

スペシャルオイルマッサージ

🌿ウイリアム・モリスの研究会

📖読書会(赤毛のアン羽仁もと子著作集、などなど)

 


子育て中のママたちが笑顔で幸せになれば

子どもたちはそれだけで幸せになれるでしょう。

 

 

 

ママたちを支えてくれる保育士軍団が控えています。

 

 


1986年から始まったバブル期、

バブルを「バブルバス」と勘違いしていたほど

社会時世に疎く、

商家の嫁として働き、

子育て真っ最中だったあの頃…

 


笑顔なんてなかったかもしれません。

いつも疲れ果て、自分をボロ雑巾のようだと

思ったこともあります。

この頃の記憶はほとんどありません。

もっと、笑顔で子育てを楽しみたかった…

ふと思い返します。

 


今、「子育て真っ最中」のママたちが

一息ついて、笑顔になれたら、

その笑顔こそ幸せの種です。

 


おじさん、おばさん、

おじいちゃん、おばあちゃん、

ひいおじいちゃん、ひいおばあちゃんが

少し手を貸していけたら、

幸せの種を撒いていけたら、

どんな実ができるか、

見ることはできないかもしれないけど、

きっと、きっと、楽しいと思います。

 


マリゴールドはヨーロッパではカレンデュラ

日本ではキンセンカと呼ばれています。

キリスト教圏ではマリアさまに捧げる黄金の花…

古代エジプトでは「若返りの薬」
ジプシーたちの万能薬として使われています。

 

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わたしはこんなこと考えているのよ!

というお友達が集まり、

新しいご縁で繋がっていきます。

 


わたしもやってみたいなあと思う方がいらしたら

嬉しいなあと思います。

 

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お友達の画家 大野愛さんが描いてくださったマリゴールド。

優しくて、ほっとする大好きな絵です。

NO.190 伊勢山皇大神宮と野毛ランチ

 

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 はまっこの心のよりどころ、伊勢山皇大神宮に行ってきました。

伊勢山皇大神宮は天照皇大神を祭神とし、社紋は桜の花。

横浜ならびに横浜港の総鎮守とされ、

「関東のお伊勢さま」

「汽笛の聞こえるお伊勢さま」として親しまれています。

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1870年(明治3年) 、それまで一寒村であった横浜は、開場港となり、

貿易の街として急速に発展していきました。

キリスト教の伝道者が多く来日し、

山手の丘にはミッションスクールもできていく時代…

外国文化が大量に押し寄せてきました。

井関神奈川県知事は横浜の精神的支柱とするべく、

神社信仰の確立が必要と考え、伊勢神宮より勧請されたと伝わる古社を再興して、

港を一望する丘の上へ遷座しました。

遷座に際しては、5日間にわたり、

日本一と称えられた盛大な祝祭が執り行われました。

その費用は当時の外務省半年分の予算にも匹敵すると言われ、

このお祭りをきっかけとして、

横浜からアイスクリームが世に広まったとも言われています。

 


神宮の鎮座まします伊勢山の丘は、もともとは野毛山と呼ばれていましたが、

遷座の際に伊勢山と改めてられました。

境内の一部には伊勢山貝塚と呼ばれる遺跡もあり、縄文後期の土器も出土されていて、

いにしえの縄文人たちが住んでいた地域であると考えられます。

 

 


開港後、横浜には他地域からの多くの移住者が住みつき、

隣人同士のつながりが希薄で、地域共同体としての機能が低かったようで、

何とか、市民を一つにまとめあげ、

横浜市民」としての価値観を植え付けたいと願い、遷座祭を盛り上げたようです。

江戸に負けない「はまっこ」の自覚はこのあたりから生まれたのでしょうか。

 

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摂末社としては以下の三社があります。

 

摂末社杵築宮(きづきのみや):伊勢神宮の外宮の祭神である豊受姫大神に合わせ、月讀命、須佐男命、大国主命住吉三神を祀る。
子之大神(ねのおおかみ):野毛町の氏神で、大国主命、姥姫を祀る。元々は野毛の町内にあったが、戦禍により社殿を焼失し、現在、杵築宮に合祀されている。姥姫とは、埋め立て前の桜木町駅周辺の海上にあった「姥岩」に鎮座していた女神で、護良親王の乳母を祀ったものと伝わる。
大神神社磐座(おおみわじんじゃいわくら):大物主大神を祀る。奈良県三輪明神大神神社より分霊を受けて1996年(平成8年)に鎮座した。社殿が成立する以前の、「磐座」(いわくら)と呼ばれる古代の祭祀場が再現されている。

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私はこの度、旧姓に戻りました。

旧姓は「世古」といいます。

「せまいところ」が変じて世古になったようで、

京都の「小路」と同じです。

かなり珍しい名字ですが、伊勢の

「山田の町」は世古だらけです。

 

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お伊勢さんには、行けないけれど、

伊勢山皇大神宮にいって、

世古に戻りましたよ!と

報告したら、とても身近に感じました。

 

 

 

ひと気のない境内では

折しも夏至の大祓神事が行われている時でしたので、

茅の輪をくぐることができました。

初めての経験です。

 

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野毛側の階段を降りていくと

お茶会もできる庵があります。

そこの手水舎には美しく紫陽花の花が咲いていました。

静謐な美しさに包まれ、

心も清らかになってきます。

 

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階段を降りて、野毛の町に出る頃には

お日様が顔を出していました。

 

お腹もすいたので、どこかでランチにしましょう!

と歩いていて選んだお店は

世界で24位に輝くピザ屋

キアッキェローネ

窯で薪で焼き上げられるピザは絶妙な美味しさです。

人気店なのに予約なしで入れました。

 

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http://www.chiacchierone.jp/

 

 

 

 

今後の作戦会議の有意義なビジネスランチは大成功!

 

そして再びお散歩して大岡川沿いの気になっていたお店「カサデリロ」さんにいってみました。

 

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お腹いっぱいなのが、残念…

そこで、ケーキセットを注文しました。

 

なんとお通しにチーズケーキも付いている贅沢さ!

 

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テラス席はとっても気持ちが良かったです。

今度は絶対、パエリア食べに来ますね!

と店長のマリオさんにお約束してきました。

 

https://casadelrio-sakuragicho.com/?utm_source=google&utm_medium=map

 

野毛にお住まいのSさんのご案内で

とっても素敵なお散歩とビジネスランチができました。

お世話になりました!

 

ここから何が飛び出していくか…

とっても待ち通しい気持ちです。

 

忘れられない一日となりました。

NO.189 わたしの若草物語

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じいっと、封切りを待っていた映画

「ストーリー・オブ・マイライフ〜わたしの若草物語

観てきました。

 

映画館はソーシャル・ディスタンスを確保するべく、

座席は一席ずつ空席となっていました。

 


映画の 原作“Little Women

は1868年にルイーザ・メイ・オルコット によって書かれました。

南北戦争時に青春を生きたマーチ家の四人姉妹を描いた自伝的物語です。

原題の“Little Women “とはルイーザの父ブロンソン

実際に娘たちに呼びかけるときに用いた言葉で

少女であったても、個を持った一人の女性であるという意味を示しています。

日本では1906年「小婦人」と訳された翻訳本が出版され、

1923年には「四少女」という題で出版されました。

1934年、キャサリン・ヘップバーン主演による映画公開の際、

若草物語」がタイトルになりました。

この映画の監修を手がけたのは、吉屋信子さんだったということで、

おそらく原題を「若草物語」としたのは

吉屋信子さんだったのではないかと思われています。

さすがです! 

「四少女」とはインパクトが大違いです。

 


前置きが長くなりましたが、

私お気に入りは、なんといっても、1949年版の「若草物語」です。

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メグ: ジャネット・リー

ジョー:ジューン・アリソン

ベス:マーガレット・オブライエン

エイミー:エリザベス・テイラー

 


そろいも揃っての美女ばかりで、お洋服も可愛くて、

私の永遠のファッションバイブルになりました。

この「若草物語」以外に「若草物語」は認めないと思っていました。

 


ところが、1994年にウエイナ・ライダー主演の映画が公開され、

恐る恐る観に行きました。

「女性が自立して生きる」というテーマが明確に描かれていて、

当時の私は小説を書き始めていたので、多いに啓発され、

刺激を受けました。

衣装も素敵で、期待以上でした。

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さて、最初にエマ・ワトソンが「若草物語」に出演する!と聞いた時、

てっきり彼女がジョーを演じるのかと思いました。

その後、キャストが分かり、エマ・ワトソンはメグ。

ジョーをシアーシャ・ローナンが演じるとわかりました。

そして…なんと、メリル・ストリープがマーチおばさん!

 


これは絶対 観てみたい!

コロナ禍で上映延期…

やっと観る事ができて、

期待は膨らむ一方、「怖いという思い」も捨てることはできませんでした。

 

 

 

監督グレタ・ガーウィグの脚本はこれまでの映画に挑むような意思を感じます。
ああ、ジョーの「進化」の目覚ましさ…


現在、過去へと飛ぶ展開に、最初の頃は、

落ち着かない気分でしたが、次第に引き込まれていきます。

ジョーが本を書くシーンはこれまで以上の迫力がありました。

 

「売れるために結末を変えてあげる」ジョーは

原作にはない場面で、そう言い放ちます。

これは監督の本心のようにも思えました。(ネタバレすみません。)

 

三人のジョー

f:id:tw101:20200622131155j:imageジューン・アリソン

 

 

f:id:tw101:20200622131200j:imageウェイナ・ライダー

 

f:id:tw101:20200622131244j:image今回のシアーシャ・ローナン

 

 

 


とにかく風景、衣装が美しく、

ため息ついて、見惚れてしまいました。

 


私はルイーザ・メイ・オルコット が大好きで、

アメリカ、マサチューセッツ州コンコードには二回訪ね、

スリーピーホローにあるオルコット の墓地、

成功したオルコット が住んだボストンの家も、

執筆したニューヨークのアパートにも出かけて、

身近に感じてきました。

 


幼い時からオルコット が好きだった私の夢は

大きくなったら小説家になることでした。

 


それ以上になりたかったのは「自立した女性」でした。

結婚だけが全てじゃない!と思っていました。

 

 


十代の頃、

アンはギルバートとめでたく結ばれたのに、

ジョーが初恋のローリーでなく、

年上のベア教授を伴侶に選んだ時の落胆したものですが、

今ではジョーの賢明さを理解できます。

 

 


今回の映画ではジョーの懸命さが際立って描かれていて好感を持ちました。

しかし、何より一番感動したのは

メリル・ストリープ演じるマーチおばさんです。

ジョーの年も、マーチ夫人の年も超え、

マーチおばさんの年に一番近くなった今、

一人で生きるという人生を選んだマーチおばさんのことをもっと、

知りたいと思うようになりました。

いつまでも好奇心を捨てず、自分の夢を若い世代に託せるゆとりを持ち、

華やかなに生きるマーチおばさん!

今までの中で一番素敵な「マーチおばさん」です。

 

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最後にプラムフィールド学院が出てきた時には

心の中で拍手喝采

 

今、私の夢が「ここ」にあります!

 


ぜひぜひ、ご覧ください!

観たら、感想語りあいましょう!

永遠の“Little Women “を

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NO.188 朝のお散歩でスッキリ

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コロナ感染拡大に伴う緊急事態宣言下の自粛生活で、

読書三昧、動画見放題のダルな生活を2カ月続けていたら、

身体も、頭もすっかり重くなっていました。

 

これはなんとかしないといけないかな…と

考えていた矢先…

10万円給付申請書を出しにいった早朝、

あまりに気持ちが良いので、そのままみなとみらい地区に歩いて行き、

新しくできたキングモール橋を渡り、臨港パークに出て、海を見ました。

 

キラキラと輝く海、埠頭を渡る朝風、

ゆるやかにカーブする水際に打ち寄せる波の音…

久々に五感いっぱいに感じる湊に感動しました。

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そして、翌日、6月1日から、

名前表記を旧姓に戻したことをFBで公開し、

心機一転、

朝の散歩をスタートしました。

 



 


《洲崎大神》

その日はまず近場からとばかり、

お散歩は京急神奈川駅から歩いて5分ほどにある洲崎大神から始めました。

建久2年(1191年) 源頼朝安房国一宮の安房神社の霊を移して祀ったことに始まると伝えられています。

神社前から海に向かって延びる参道が、第一京浜に突き当たるあたりに、

かつての船着場があり、横浜開港当時は、開港場と神奈川宿を結ぶ重要な拠点となったそうです。

毎年、大きな祭礼が行われていますが、今年は残念ながら、中止です。

 

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孝道山

法華経新宗教である孝道教団の本山で、桜の名所として、

地元の商店街の協力で「孝道山まつり」が華やかに行われる、

東横線東白楽近くの高台にある景色の良いお寺です。

東横線線路後にできた「東横フラワーロード」で反町から歩いていけます。

 

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《三ツ沢貝塚

反町から始まる「せせらぎ緑道」を歩いていき、

豊願寺境内をを抜けると三ツ沢公園に出ます。

 

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バス通りを少し歩くと、県立翠嵐高校が見えてきます。

校門を過ぎて左手に曲がったところに一枚の看板「三ツ沢貝塚」があります。

明治38年(1905年)秋、イギリス人医師で考古学者のニール・ゴードン・マンローによって発見されました。

付近には多量の貝層や、それに含まれる縄文土器・石器・人骨などの遺物の他、

竪穴住居などの遺構が発見されました。

 

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浅間神社

横浜市西区にある、木花咲耶姫命を祭神に祀る神社で

承暦4年(1080年)源頼朝浅間神社を勧請して造営されたという歴史のある神社です。

このあたりは袖ヶ浦(入江)に面した帷子川の河口港として栄え、

江戸時代には東海道五十三次の神奈川と程ヶ谷宿の間の宿でした。

幕末の横浜開港の際には門前より横浜(現中黒関内)に至る「横浜道」が整備されていました。

また、三ツ沢に繋がるこの一帯にも横穴古墳群が発見されています。

 

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まあ、まあ…!

古代の昔から、海に近いこのあたりには、人々が暮らしていたのですね。

神奈川という地名が最初に歴史に登場するのは中世鎌倉時代

北条時宗下文に「鶴岡八幡宮武蔵国稲目・神奈河両群」とあり、これが初目で、

当時は神奈河郷は相模国鎌倉の鶴岡八幡領だったことがわかります。

そうだったのか!洲崎大神や浅間神社ができた時、

ここは神奈河という名前さえついていなかった‼️

 


私は海外旅行が大好きで、日常生活が煮詰まってくると、

一人でふらりと出かけていきました。

コロナ自粛がなければ、3月には台湾に行く予定でした。

しかし、今となっては、当分、仕事でもない海外旅行は

当分、自粛しないければならなくなりました。

 


今まで見向きもしなかった地元の道、地元の史跡。

近所を歩いてみれば、いろいろな発見があります。

車であっという間に通り過ぎてしまっている国道も、

脇道を歩くと、

思わぬところにつながっていることに気づきます。

 

地図も見ずに、ただ勘だけを頼りに歩くことは、

五感が研ぎ澄まされていき、頭がスッキリしてきます。

飛行機に乗って遠い見知らぬ土地へ行っていたときも

本当に楽しかったですが、

家近くの見知らぬ道をとことこ歩いていくのも楽しみです。

 

道は必ずつながっていることがわかるから…

車だったら引き返さなければならないような道も

歩いていると抜けることができるものです。

それは当たり前なのに新鮮です。

 

神奈川区は神奈川県に似て、横に長い区です。

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コロナ自粛期間でインプットした言葉、映像、思考、

頭の中に渦巻いていて、言葉に表せないことが、

歩いていると、整理されて、新しい引き出しができて、

そこに入っていくような気になってきました。

 


夜中に悶々と考えることは、悲観的になりがちですが、

朝の静謐な空気に包まれて、歩くときに思い浮かぶことには

光に輝く前向きな考えです。

 


雨の中、歩くのも楽しみです。

 


生まれた街、大好きな横浜…

開発ラッシュの横浜、今見ている景色もいずれ過去になるのです。

 


今を大切にしたいと思いながらお散歩したいです。

 


昨日、横浜CIALが部分オープンしました。

鶴屋町から横浜駅まで、かつての東横線

線路後の道、「はまレールウォーク」も完成しました。

どう変わる?

横浜から目が離せません。

 

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NO.187 《あの日のオルガン》

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緊急事態宣言も解除され、少しづつ日常生活が戻っていきますが、

もう元通りにはならないのではと、つい、ふと思ったりします。

そんな悲観的な思いを打ち消す勇気は、

時として小説や映画から与えられます。

その一つがこの『あの日のオルガン』です。

 


『あの日のオルガン 疎開保育園物語』は久保つぎこ氏によるノンフィクション『君たちは忘れない疎開保育園物語』(きみたちはわすれない そかいほいくえんものがたり)と題して1982年11月に草土文化より刊行されました。

太平洋戦争末期に空襲を避けて東京・品川の戸越保育所と東京・墨田の愛育隣保館の2つの保育所の保母11人、園児53人が埼玉県南埼玉郡平野村(現蓮田市)の無人寺・妙楽寺へ集団疎開したの「疎開保育園」の実録が、関係者への取材に基づいて克明に綴られています。

 

『君たちは忘れない疎開保育園物語』を『あの日のオルガン 疎開保育園物語』と改題して2018年7月に朝日新聞出版より再刊し、

『あの日のオルガン』と題して平松恵美子監督・脚本により映画化され2019年2月に公開されました。

 

 

あらすじです。

第二次世界大戦末期、警報が鳴っては防空壕に避難する生活が続く1944年、東京品川の戸越保育所では、保母たちが保育所疎開を模索していました。まだ幼い子どもたちを手放す不安、迫りくる空襲から子どもたちだけでも助けたい、と意見の分かれる親たちを保母たちが必死に説得しました。

 

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自分たちの食べ物にも事欠く時期に、子どもを受け入れてくれるところはなかなかありませんでした。

やっと埼玉に受け入れ先の寺がみつかりますが、そこは酷い状態の荒れ寺でした。

手を入れてなんとか疎開生活をスタートした若い保母たちと幼い園児たちを待っていたのは、毎日わき出てくる問題との戦いの日々でした。家が恋しい思いからのストレスで毎日のように夜尿をする子どもが続出します。

 

それでも若き保母たちは子供たちと向き合い、毎日ひたむきに励ましあいながら奮闘していた。そんな彼女たちにも空襲の影がせまってきます。

「子どもに文化的生活をさせたい」という思いで必死に守る楓主任先生、子どもからは慕われているけど、まるで子どもと同じように手間のかかる新米のみっちゃん先生。

 

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そして、東京大空襲の夜、悲劇が襲いました。

家族が空襲で命を落とした子どもが何人もでき、一家全滅で一人だけ生き残った男の子もいました。

終戦を迎えて、それぞれお迎えが来る中、両親でなく親戚に引き取られていきます。

最後の子どもが家族の元に戻って、ようやく疎開保育園は閉園しました。

 


私は疎開保育園というものがあったことは知りませんでした。

戸越、墨田とどちらも馴染みのある地域の保育園ということで、

特別思い入れがありました。

 


3歳の孫を見ていると、この年齢のこんな小さな子どもを

手放さねばならない親の気持ちもよくわかりますし、

また、何としても子どもたちを守ろうとする先生の気持ちも理解できました。

 

映主任の楓先生を演じた戸田恵梨香さんにすっかり感情移入をしてしまった私でした。

 


テロップで53人の子どもたちは生き残り、

今でもなお、親交を深めているということを知りました。

 

 

 

 

生きていることは素晴らしいことだと思います。

あの戦後の焼野原から立ち上がり、明日を信じて一歩踏み出した祖父母から、

もっときちんと話を聞いておけばよかったと

今になって思います。

私の生まれる10余年前には、

まだ戦争をしていたという事実に愕然とします。

「もはや戦後ではない」と言われた時代に育った私。

辛い過去を忘れることは大切ですが、

忘れてはいけないことまで消し去ったしまったら、

また同じ過ちを犯してしまう危険があります。

 


コロナ禍で理由も何も分からず、

自粛させられいる子どもたちを見ていると、

いつでも、どこでも、一番弱いところにしわ寄せがいくなあと思います。

ちゃんと守ってあげることができる大人になっているかしら…

おばあちゃんの年になって、いえ、なったからこそ、わかることもあるんのですね。

 


終戦になれば、爆弾投下はなくなりましたが、

緊急事態宣言が解除されたといっても、

コロナウイルスが消えた訳ではありません。

まだまだ気を引き締めて生活していきたいと思います。

 

f:id:tw101:20200526171839j:image 子どもたちの命を守り抜いた保母さんたち

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

NO.186 《ガーンジー島の読書会の秘密》

 

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お友達から話を聞き、ずっと行きたいと願っているイギリスガーンジー島

その島が舞台の映画ですから、

ずっと気になっていた映画をTSUTAYAディスカスでやっと見ることができました。

 


原題は“The Guernsey Literary and Potato Peel Pie Society”

 


舌を噛みそうな題です。

 

 


まず、あらすじはこうです。

 

 

 

 


1941年ガーンジー島ナチス・ドイツの統制下にありました。

ある夜、4人の住民が豚肉料理を食べ、自家製ジンを飲むという会の帰り道、ドイツ軍の兵士に咎められました。

当時、ガーンジー島では夜間の外出が禁止されていました。咄嗟に4人は「ガーンジー島文学・ポテトピールパイ同好会という集まりから帰宅する途中です」と答え、兵士たちは4人をそのまま帰しました。

 


1946年1月、戦争が終わり、新刊の宣伝活動に余念がない売れっ子作家ジュリエット・アシュトンの元に一通の手紙が届きました。

手紙の主、ドーシー・アダムスはガーンジー島の出身者で、「『エリア随筆』に感銘を受けたので、著者であるチャールズ・ラムの他の作品を入手したいのだが、どこの書店に行けば良いのか」と尋ねてきたのです。その手紙には彼がガーンジー島文学・ポテトピールパイ同好会の一員であることも書かれていました。たまたま読書の効能についてのコラムを寄稿することを求められていたジュリエットは同好会に関心を持ち、チャールズの他の本と引き替えに同好会に関する情報を得ることを思いつき、取材のためにガーンジー島に行くことにしました。

 

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船に乗り込むまさにその時、恋人のマークからプロポーズされ、ジュリエットは大きな指輪とともに受け入れます。島に到着した後、ジュリエットが読書会の場に赴くと、会員たち(ドーシー、アメリア、アイソラ、エベン、イーライ)から温かく出迎えられました。ジュリエットは同好会について記事を書きたいと申し出ますが、アメリアは断ります。詳しい理由も聞かぬまま、同好会への押さえがたい興味からジュリエットは島に残り、いろいろ調べているうちに会の創設者であるエリザベスが外国にいること、ドーシーが彼女の娘(キット)の後見人を務めていることを知りました。

 

 

時が経つにつれて、ジュリエットの取材を快く思っていなかった読書会のメンバーも徐々に心を開いてくれるようになり、そして、「エリザベスは戦時中に身柄を確保され、ドイツに送致されてしまった。でも、私たちは彼女がいつかこの島に帰ってくると信じている」という話を聞きます。

 

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ジュリエットは軍関係者でもある婚約者のマークにエリザベスがどこにいるのかを調べてもらうことにします。

ほどなくして、ジュリエットは読書会についての記事を書き上げ、それをガーンジー島の首長に見せに行きますが、一読した首長は「エリザベスはこの記事で書かれているような聖女ではありませんよ。戦時中、彼女はドイツ軍の兵士に春をひさぐことで金品を得ていたのです。」と言いました。

ジュリエットがエリザベスの実像を把握しかねる中、マークがエリザベスに関する情報を携えて島にやってきました。

エリザベスの人生も知ったジュリエットはいったんはロンドンに戻りますが、愛する人と生きる人生の意義を知り、気持ちは大きく動き出していきます。

 

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ガーンジー島イングランド南岸から120キロ南下した英国とフランスの間に位置するチャンネル諸島の一つです。

レ・ミゼラブル”の生みの親ビクトル・ユーゴーが暮らした「オートヴィル・ハウス」もある美しい島です。

 

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f:id:tw101:20200525142622j:imageオートヴィル・ハウス

 


第二次世界大戦でフランスはあっけなくドイツに白旗を揚げ、ナチス・ドイツ

は1940年6月30日にチャンネル諸島に掌握します。

戦況を有利に進めるドイツ軍の勢いに対し、

チャーチル首相率いる英国軍は事前にチャンネル諸島の非軍事化を決定し、

住人の半数は島外に避難。

子どもたちもロンドンに集団疎開を余儀なくされます。

残された島民は占領下での不自由な生活をしていました。

 


緊急事態宣言下で生活していると、

これまでになく戦争中の不自由さを見にしみて感じられます。

自由に動くことはできないかれど、魂の自由は侵されていません。

それなのに、情報過多のせいで魂が不自由になってしまってはいないかと思います。

 


ジュリエットが読書会に参加した時、

選ばれた本は彼女の著書「アン・ブロンテ評論」でした。

二人の姉、シャーロット・ブロンテジェーン・エア』、

エミリ・ブロンテ『嵐が丘』は超有名ですが、

アン・ブロンテ『アグネス・グレイ』も大変面白い小説です。

「おとなしいアン」ではなく、社会的制約の中で変革を目指したラディカルな

アン・ブロンテを語りあう場面が見ていて本当に楽しそうで、

私も参加したくなりました。

 


顔の見えない手紙のやり取りで、心を通じさせられた「文通」

手紙…古いけれど、新しいのではないかと思いました。

ジュリエットは何が幸せかを知り、勇気と決断をもって先に進む場面には

涙があふれてきました。

それは悲しい涙でなく、嬉しい涙…

 


やっぱり、いつか、ガーンジー島に行ってみたい!心からそう思いました。

 

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NO.185 《流浪の月》凪良ゆう作 

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ステイホーム週間は読書三昧で過ごしています。

本屋さんに行くこともできないので、

もっぱらAmazon  Kindleでダウンロードして読んでいます。

 


先日、久しぶりに息子の学校でお世話になった先輩のお母様と電話で話している時に、

薦めていただいた本が

2020年本屋大賞受賞作『流浪の月』(東京創元社)です。

 



 


『流浪の月』は母親に捨てられた8才の少女と、

彼女を誘拐した犯人とされた青年の間に通い合う不思議な感情を、

ほとばしる繊細な言葉で綴った物語です。

 


Amazonにある紹介文です。

 


“せっかくの善意をわたしは捨てていく。

そんなものでは、わたしはかけらも救われない。

愛ではない。けれどそばにいたい。

新しい人間関係への旅立ちを描き、

実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。

 


あなたと共にいることを、世界中の誰もが反対し、批判するはずだ。わたしを心配するからこそ、誰もがわたしの話に耳を傾けないだろう。それでも文、わたしはあなたのそばにいたい――。再会すべきではなかったかもしれない男女がもう一度出会ったとき、運命は周囲の人間を巻き込みながら疾走を始める。新しい人間関係への旅立ちを描き、実力派作家が遺憾なく本領を発揮した、息をのむ傑作小説。”

 

あらすじです。

主人公は家内更紗(かないさらさ)と、佐伯文(さえきふみ)の二人です。

 

更紗はやや風変わりな両親と幸せな暮らしをしていましたが、

大好きな父が亡くなり、愛する人なしでは生きられない母は

娘一人置いて男と出奔。

更紗は9歳で親戚の家に引き取られ、「地獄」をみます。

その家を逃だしたいという思いに駆られていた更紗は

ある日、公園で19歳の文と出会い、

一人暮らしをする彼の部屋に居ついてしまいます。

ところが、親戚から失踪届が出されたていた更紗は

たまたま出かけた動物園で見つかり、

保護されてしまいました。

文は誘拐犯として逮捕。

その様子はニュースやSNSで拡散され、世間を騒がせます。

 

時は流れて、10年後、二人は再会しました。

そして…物語は始まるのです。

 

 

私の母方の家は昔からアパート経営をしていたので、

子どもの頃からこの世界にはいろいろな家庭事情があることを理解していました。

物心ついてから、父と母はずっと別居でしたが、祖父が家長として、

しっかり支えていましたから、何の問題もありませんでした。

母は他人の面倒をみるのが大好きで、

アパートには横浜市立大学医大生が数人下宿していて、

おまけに、彼らのお友達まで遊びにきていて、

大家族のように食事を共にしていました。

 


母なき後は、さすがに下宿生はいなくなり、

“普通のアパート”になってしまいました。

 

母の遺伝子は私に流れているようで、

今、私はシェアハウスのオーナーとしてたくさんの人たちと家族のように暮らしています。

中には複雑な事情を抱えている方もいます。

初めは一定に距離感を保ちながら

親しくなっていく道程には、

「同じ釜の飯を食う」そう、

食事を一緒にいただくことが重要だということがわかってきました。

 


コロナ感染拡大によるステイホーム期間、

ソーシャルディスタンスを取るべく、

共有部分の使い方も含めて、

いろいろな取組をしてきました。

微妙に中の空気も変わってきました。

その空気をどう読み、いかに行動するかを考えていた時に、

この小説を勧められたのです。

 


他人に関する想像力はあると思っていた自分、

誰も私を真には理解しくれないと思い込んでいる自分、

他人の評価や思い込みに振り回されそうな自分、

正義感いっぱい、善意いっぱいと信じている自分、

誰かの役にたちたいと思っている自分、

優しくされたいと希っている自分、

面倒くさいから、逃げたいと思っている自分、

 

自分のことさえわからない私は

他人のことをどう理解できるのだろうか…

表面だけで判断してしまっているのではないだろうか…

と考えました。

 


新しい人と関わり…

コロナ禍のあとの関わりは

もう少し内面的になっていくのではないかしら…

誰と一緒に暮らしたいのかを考え直すときなのではないかしら…

 

 

 


「流浪の月」は2020年にふさわしい一冊だと思います。

 


もともと漫画家志望の凪良ゆうさんはボーイズラブの旗手。

一貫して「どこまでも世間と相入れない人たち」を描いています。

すっかり文章にハマってしまい、続けて「神さまのビオトープ」も読みました。

 

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こちらもおすすめです。

 

誰にでもある「聖域」を分かちあうことができる…

愛するっていうこと…

 

そういう人と一緒にいられたら

それが幸せなのかもしれない…ですね。