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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.17 Let us be Just  正義と平和は口づけする

大きな森の小さな家のレプリカ


なんとなく周囲がざわざわして集中力が落ちてきているとき、
大草原の小さな家」の作者ローラ・インガルス・ワイルダーのエッセイをまとめた本
『大切なものはわずかです。』(いのちのことば社)(2013年12月出版)を読み返してみました。

どこまでも続く大草原

インガルス一家が日常的に聖書を読み、聖書のみ言葉を生きたかがよくわかるものです。
2年前、初めて読んだときは「わが意を得たり」と心から感動しました。
再び読み返すと、100年前のローラが私たちにいかに考え、生きるかを教えてくれる気がしました。

≪義と平和は口づけする≫ という箇所を簡単に紹介します。
だれからもかわいい少女と言われる金髪の姉と平凡な茶髪の妹が、
ささいなことでけんかをしました。
姉は自分の美しさをひけらかし、妹の容姿をからかい、ひどい言葉を投げつけます。
口けんかでは勝てない妹は横暴な姉に決然たる態度でのぞみ、
最後にパシン、平手うちをくわせました。
金髪の姉は泣きながら親のところにいき、妹がしたことを訴えました。
最初に自分が妹のことを侮辱したことには一言も触れません。
その結果、妹は姉に平手うちをしたことで厳しい罰を受けました。
妹は泣きませんでした。泣くかわりに、反抗心に満ちた目で自分を罰した親を睨み付け、
大きくなったら利子をつけて返そうと心に誓いました。
小さな心には「公正でないことへの強い嫌悪感」が残りました。
姉にされた仕打ちよりも、当然公平に扱ってくれるはずだと思っていた人から不当な仕打ちを受けたことに傷ついたのです。
子どもたちは公正や正義といったことに鋭い感性を持っています。
公正だと思える基準で自分のしたことを罰せられても、決して恨みを抱いたりしないはずです。

ここから本文を引用します。

『私たちは、寛容や憐みという美徳を強調するあまり、
公正さに徹することの美点を見過ごしがちです。
寛容も憐みも美しい性質であり、すばらしいことです。
けれどもこの世の中にもう少し正義や公正というものが増えれば、
寛容と憐みの必要性は減るでしょう。
そして、厳正なる正義こそ、結局のところ実はいちばん慈悲深いということにもなるのです。
問題は、私たちはみな誤った判断をしてしまいやすいので、自分の判断に自信が持てず、
それを埋め合わせるために寛容にならざるを得ないということです。
けれども私はこう信じます。
もし私たちが正義の原理がどう働くかということを本当に理解することができたなら、
お互いを責め合う代わりに、完全な正義とは寛容や憐みと表裏一体の
同じものであることを悟るだろう、と。』

素晴らしい洞察力だと思います。
ともすると物事の表面の見えることだけ安易に信じて、感情によって対応してしまいがちです。
厳正なる正義を貫くことは難しいことです。
しかし、難しいことを知りながらも、正義を大切にしていくことが、
今の時代に必要なことではないかと思うのです。
正義感という言葉が薄れていくこの頃、正義の原理がどう動くかを理解していたいと思います。

「主を畏れる人に救いは近く
栄光はわたしたちの地にとどまるでしょう。
慈しみとまことは出会い 正義と平和は口づけし
まことの地から萌えいで 正義は天から注がれます
主は必ず良いものをお与えになり わたしたちの地は実りをもたらします。
正義は御前を行き 主の進まれる道を備えます。」(詩編85編10節~14節)

プラムクリークの土手