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港も見える丘から

人生のゴールデンエイジにふと感じることを綴っていきます

NO.129 子どもへ期待するもの

【子どもにとって親の期待とは何か】

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『父母であること』

あなたは子どもたちに
愛を与えることはできるが
あなたの ものの考えを 与えることはできない
なぜなら
子どもたちは 子どもたち自身の
ものの考え方を持っているのだから

あなたは子どもたちのからだを
世話することはできるが
彼らの魂をそっくり飼いならすことはできない
なぜなら
彼らの魂は明日というすみかに息づいているのだから

あなたは子どもたちのようになろうと
努めてもてもよいが
子どもたちをあなたのように
しようなどとしてはならない
なぜなら
人生は後向きに進んでいくものでもないし
昨日のままで
止まっているものでもないのだから
ペルシャの古詩〉

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断捨離お片付け中、手に取った卒業論文
冒頭にこの詩が書いてありました。
提出時、教務主任がこの詩を読み、
「子育てするときに読み直しなさいね」と私に話しかけてきたことを
鮮明に覚えています。

 

幼い時から絶対の存在であった母の
大きな期待に応えるべく、
私はかなり奮闘してきました。

16歳で母をなくした時の喪失感は大きく、
その後、周囲から、
さあ、自由 に生きなさいと言われても、
私は自分の考えを持って行動することに苦労しました。
こらから先、何がしたいのか
どうやって、何を目的 にして生きていったらいいのか。
大学を卒業して、社会に出ることが不安でした。
私をがんじがらめにした母親の期待とは何だったのか、
突き詰めて考えてみようと卒論で論じました。

 

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最終章の最後にはこう書いてあります。
「最後に両親の主体性を問うてみたいと思う。親が親なりの自己の判断を識別することができれば、いたずらにマスメディアに踊らされる事なく、他の子どもと我が子を比較することなく、子どもに冷静な期待をかけられるのではないかと思う。
社会概念にとらわれず、冷静に自分とは何か を改めて問い直してみる必要があるだろう。外部の力に身を委ねて、あたかも自分で考えたような錯覚に陥る ならば、それは自由の放棄であろう。
親は自由に主体性を持って子どもを育てるべきだ。」

 

 

二人の息子を育てるとき、私は何回か読み返しました。
偉そうなことばかり書いていた若い日の自分に
現実はそんなものではないわ。
冷静になんてなれないわと思いました。
子育てに「べき」という言葉はないのです。
いつかこの続きを書かなければと思ったこともありました。


昨日、2月1日、私立中学受験の日でした。
今から20年も前になってしまった息子の中学受験の事を思い出しました。
最初の受験日
この子はこれから人生で最初の選抜をくぐり抜けていくのだわと、
試験会場に大勢の受験生の流れの中に
吸い込まれていく後ろ姿を見ながら思いました。

 

第1志望校に合格すればよし、第2志望になっても、
不合格になっても、与えられた場所が一番だと思って、
希望を持って乗り越えて欲しいとふと思ったものです。

 

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幸い、志望校へ入学をゆるされました。
幼顔の息子を寮に入れての帰り道、
この子は私の手元から巣立っていったのだと思いました。

 

f:id:tw101:20170202082931j:image(新入生父母歓迎会会場 この写真は1996年度のものです)

 

 

その子は、今、人生初、最大級の仕事を抱えて奮闘しています。
あなたなら大丈夫と見守れる母親となりました。

 

 

親は子どもに幸せになってほしいと思って育てているでしょう。
良い学校に入り、良い会社で仕事をして
良い伴侶とめぐり合い、子どもに恵まれる人生、

私が卒論を書いたときよりも、社会状況は良くなっているでしょうか?
否、ますます将来は不透明になっています。
私たち祖父母世代は、子どもたちに何を伝えられるでしょう…

4月に幼稚園に入園する孫娘の口癖は
「今、考えてるの!自分で考えるって大切なことよ…」です。
両親からいつも言われているのでしょう。
そう、自分で考えることの素晴らしさを教えたいと思います。

アウシュビッツを生き抜いた心理学者、
「夜と霧」の著者フランクル
どんな人生にも意味があると考え、どんな状況においても
「それでも、私は人生にイエスと言おう」と書いています。
彼の希望の根源は幼いときの幸福な体験だったそうです。
その体験とは青空のもと、芝生の上で両親とピクニックをして
笑って過ごしたひと時でした。

 

親が子どもに望むことは生き延びることだと思います。
今年受験する子どもたちが、どんな結果になろうとも、
置かれた場所でベストを尽くし、
明日を生きて欲しいと思いました。